ご挨拶

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2008年11月

2008年11月19日 (水)

選ばれた喜び

11月19日(水)

 真っ青な空の静かな朝、校門につながる桜並木はその葉をほとんど落とし、落ちた葉の中には見事な紅色のものもあった。それを拾い、本にはさんだ。この年になってそんな自分に、少し照れる。生徒は颯爽と校舎に向っていくが、先生方は体を丸めその姿が対照的だ。こういう日は忙しい中にも、ゆっくりとした時間を感じる。

 

 そんな時、3年生の男子が校長室に来た。「校長先生、入試に面接があるのですが面接をしてもらえますか」ということだ。その生徒たちは、部活動や学校行事に積極的に活躍し、「自ら考え、自から行動し、自らを正す」ことの出来る生徒で、私が求める生徒たちである。そんな生徒から選ばれたことはうれしい。今日は大変な仕事が山積しているが、力が湧いてきた一瞬である。

2008年11月15日 (土)

週末の部活動

11月15日

 日の暮れの早いこの時期には、6時過ぎると真っ暗である。会議で遅くなったが、体育館で部活動をやっている生徒を励まそうと体育館に行き、練習の邪魔にならないようにと、二階の観客席から練習を眺めていた。男女のバレーボール部、新体操部、男子ソフトボールのバッテリーが練習をしていた。当たり前といえ、顧問が指導していたことがうれしい。

 生徒たちは気づき「ごきげんようと」とあいさつをくれた。男子バスケット部の生徒(1年生だけであったが)が二階まで駆け上がり、元気にあいさつをしてくれた。練習の邪魔をしたかと思いつつ、手を合わせ「関学ファイト」と声を合わせた。少人数での部活動でも練習を続けている生徒たちは、私の自慢の一つだ。

2008年11月14日 (金)

3秒間の物語

11月14日

 

 執務している校長室の外から、生徒が見ているのが分かった。体育の授業が終わり、教室に戻る2年生のT君である。手を挙げて生徒に応えた。T君は照れくさそうに笑みを浮かべ頭をぽりぽり掻いて通り過ぎた。彼の能力を直に伸ばして欲しいと思いつつ眺めた「校長室の窓のスクリーン」3秒間の映像だ。

2008年11月13日 (木)

晩秋の楽しみ

11月13日

 「青い空に真っ赤な柿の実が浮かんでいる」、とっさに浮かんだ言葉だ。朝の庭掃きは日課であるが、季節の変化が見られるので楽しみの一つである。私の家の近くに城沼と呼ばれる大きな沼がある。北西5キロのところには、多々良沼という白鳥飛来のまた大きな沼がある。この時期になると太陽が出てまもなく、編隊を組んだ白鳥の群れが庭を斜めに横切る。多々良沼から城沼に向かっての飛行だろう。その姿は壮観だ。B-29襲来(高校生の皆さんは歴史を紐解いてください)を思わせる光景だといったら笑われるだろうか。夕方には、その逆の光景が見られる。そんな白鳥を見上げていたら、そこに柿の実が浮かんでいた。

2008年11月12日 (水)

校長室の窓

11月12日

今朝は校門の前に出て、生徒たちとあいさつを交わした。生徒たちの元気なあいさつは、一日のパワーをもらうようである。運動部で頭を丸めていた生徒も、3年生のこの時期になると雰囲気が変わってくる。元気な姿とその変化に、時の流れを感じる瞬間でもある。

 また、校長室から下校時の生徒を見ていると、部活引退の3年生の姿が目に付く。「ごきげんよう」とあいさつされると、生徒の将来の姿が浮かんでくる。うれしさの中にも少し寂しさを感じる。校長室の透明な窓ガラスは、スクリーンの役目も果たしている。外から見た映像はどんなものなのか。筑波山のガマさんとなっていなければ良いのだが。

楽しくなってきた「校長の窓」作り

11月11日

「校長の窓」ブログへの挑戦は、日々続いている。何しろ数学(私の専門は数学)

あまり教具を使わない教科として、分度器も三角定規使わず教えてきた。その

延長でPCへの親しみが少し遅れてしまった。今日も、若い先生とシステムセンタ

ーの職員に指導を乞うた。素直になると進歩が良いもので、かなりの到達と自賛

ている。だが、指導した若者は笑っているのかと思うと、これもまた楽しいもの

だ。

2008年11月10日 (月)

吹奏楽部創立50周年記念演奏会について

11月10日

 昨日、吹奏楽部の記念演奏会が行われ、幕前コンサートと題してパーカッションパートによる4人の演奏が行われた。そこには普段見る生徒と別の姿があった。生き生きと演奏に向かい奏でる音楽に、若さとその努力が伝わってきた。リズム・メロディー・ハーモニーは音楽の三要素であるが、リズムパートといえ、そこには十分に共感を与え訴える何かがあった。コンサートへの誘いとしては十分すぎる演奏で、校長としてでなく一人の聴衆として心の高まりを感じた。

 第三部で「校長あいさつ」が用意されていたが、感動の余韻を持ち帰ってもらうために必要ないのでないかと音楽監督に相談したが、生徒激励とお客様の感謝を伝えて欲しいとの答えであった。コンサートはコンダクターに従わなければとあいさつをしたが、今までにない緊張を感じた一瞬であった。

 演奏会が終わっての部員たちの満足度はその笑顔から知ることが出来た。みな胸を張って、結果を誇っているようにも思え、私も部員たちと並んで、帰る客を見送った。今考えてみると、校長がいては絵にならなかったのでないかと反省をしている。

マラソン大会の中で

11月7日

《 マラソン大会の中で 》

 心配された雨も、生徒たちに遠慮したようだ。私が幼いときに覚えた詩を思い出した。「夕べの雨は賢い雨だ 夜降って朝やんだ 賢い雨だ」60年も前になるが、なぜか深く心に残っている。後期生徒会役員の初仕事で、生徒を整列させていた。「ごきげんよう みんなガンバっていこう」と役員を励ましたところ、なぜか生徒会役員たちと円陣を組んで、手を合わせ心を合わせそして声を合わせた。何か恥ずかしい思いもしたが、生徒の意欲を感じた一瞬でもあった。

そのあと、1年生の女子3名が近づき「校長先生のブログ見てます」といわれて、ハッとした。だいぶ書き込んでいないからだ。でも、「校長の窓」を生徒が見てくれるのかと思うとうれしく、すばらしい一日になる思いがした。

マラソン大会が終了しほっとした時には、グランドが静かな晩秋の日差しの中にあった。

弁論大会に思う

11月2日

《 弁論大会に思う 》

10月31日に校内弁論大会が行われた。学年から選抜された12名の弁士による大会である。ここに、高校時代に私が体験した弁論大会の姿を見た。演題が大きく書かれ、発表する弁士の演題には大きな赤い花が付けられていく。何か高校時代に引き込まれる思いがした。

昨年も見事な弁論を聞いたが、今年は1年生に力を持つ者がおり、3名が上位入賞を果たした。若い人が自分の意見をはっきりと表現することは、とても大切なことでだが、日本人に乏しいものの一つだ。今まで日本は「引く文化」が美徳とされ、曖昧さを以って相手を尊重するという風潮があったように思う。けして悪いと思わないが、世界の日本を考えたとき「押す文化」も学ぶ必要があろう。ちょっと古めかしい弁論大会も、そのような意味から学ぶべき新しいことだろう。

しかし、弁論という話法は独特なものがある。淡々と話す「○○の主張」でもなく、熱烈に語る「演説」また「朗読」とも違う。私は日本歌曲やドイツリードを歌うのと似ていると考えてきた。当然、クッレッシェンド、デクッレッシェンド、テヌート、p,mp,mf,f、ffなどがあることになる。こんなことを考えると、主張の面だけでなく、弁論としての楽しみも増えるのでないだろうか。

弁論に関してもう一つ聞いて欲しい。11月1日に群馬県高等学校弁論大会に1年生4名と2年生2名が出場することとなった。出場するだけでもすばらしいことと思っている。出場する生徒達に会って、最初のフレーズを聞かせてもらい、先ほどの弁論の話法を話して激励をした。大会の翌日に結果が新聞に大きな記事として掲載されていた。1年生の石島優子さんが優勝と。本校の躍動をここにも一つ見た。