ご挨拶

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2009年1月

2009年1月30日 (金)

おかしくないか 文型、理系

1月30日(金)

 センター試験も終わり、いよいよ大学入試本番である。生徒に進路指導をする中で、クラス編成、コース選択、教科選択等で文系・理系という言葉が進学校には横行している。戦後復興期の社会においては合致もしようが、昨今の進路指導に文系・理系という言葉が妥当であるか疑問を感じている。だいぶ昔になるが、OR《オペレーションリサーチ》が経済学に取り入れられたことを思い出す。まさに数学の導入である。今や金融工学という学問も存在し、世界経済に関与していると聞く。大学が学問を癒合し学科改編するのを見るに、すべての学問をミックスした感すらある。すなわち、学問の背景にはすべての知識がなければいけないのだろう。

 ただしくは、自然科学系・人文科学系・社会科学系と大きなくくりで進路を考えさせることが必要であり、数学ができるから理系、国語ができるから文系ではないだろう。

 こんなことを考えつつ、東工大教授で歴史学者の山室恭子先生の話を思い出した。まさに文化系の教師として、理科系の大学で授業をした奮闘記である。その授業は題を決め生徒が文章を書き、それを受講生が評価するというものだ。ここでは、その取り組みを示すのでなく、授業を受けた学生のセンスを紹介したい。

お題「数」

     「ぐぅの国」でブランコをこぎながら「れーくん」が

     「にーくん」に悩みを打ち明ける。「僕って、ぐぅの国

にいてもいいの? みんなと遠くない? 分数の下の

ほうにもなれないし」「えっ(ドッキ)そうだっけ」

「そうだよ、みんな爆発しちゃうじゃん」「あっ でも、

きぃの国のいっくんも分数の下になれないじゃん」慰

められて安心したれーくん、「じゃあね。ばいばーい」

      (倍々?)えっ(にーくん消滅)あっ(れーくんウッ

カリしてた)れーくんの苦悩は続く……

東工大にメルヘン登場である。いわゆる国語が出来て文型となった人には理解しがたい文章で、数学が出来て理系にいった人にはなかなか書けないだろう。これを書いた学生の受けた進路指導を知りたいものだ。

2009年1月29日 (木)

当たらない お年玉付き年賀はがき

1月29日(木)

 お年玉付き年賀はがきの当選番号発表があった。いつもこれを楽しみにしている。それは、お年玉を期待すること共に、頂いた賀状を読み返すことができるからである。期待しつつ番号を合わせるが、なかなか合うものではない。今年は当選番号と1違いのものが沢山あり、結果的に下二桁で合ったものが4枚だけであった。当たりの確率は過去最悪で、1違いが悔やまれた。なぜ悔やむのだろうかと考えつつ、人生こんなものだと教えてくれているようにも思えた。人が生きていく中、1つ違いで明暗が分かれることはいくらでもある。受験生にとって入学試験がまさにそれであろう。その悔しさを持たぬよう日々努力をして、それを持続することが大切なのだ。

 先日3年生最後の進路学習の時間に話をすることとなった。その骨子は

(1)人の出会いは人生の力

(2)何事にも真正面から向う 

ということで、「ただひたすら」というキーワードを以て話をした。

お年玉付きの一つ違いの悔しさはまだいいだろう。しかし、人生において一つ違いの悔しさだけは持ちたくない。生徒たちに「ただひたすら」と説いたが、情報過多の世の中で、この言葉が埋もれないことを願っている。

2009年1月28日 (水)

母校を思うペンダント

1月28日(水)

 先週の土曜日に、本校同窓会新旧役員が交代しての新年を祝う会があった。役員といえ同窓生である。思い出に花が咲いたことはいうまでもない。親しく話をしていく中で、ひとりのご婦人が胸につけたペンダントについて話してくれた。卒業してから恩師との交流の中で贈られた物という。思い出の詰まった小さな彫金のペンダントは、特別な魅力を発していたことはいうまでもない。教師が生徒を教えるということは何か、考えさせられた一時であった。ご婦人は、本校の行事に参加するときはいつも身につけるという。

 3年生は卒業まで一ヶ月あまり、3年間の学園生活の中から世界に一つしかないペンダントを見つけ、胸に飾って欲しい。

2009年1月21日 (水)

笑顔のある学園

1月21日(水)

 放課後は生徒の笑顔がまぶしい。ほほえみながら職員室に入る生徒に、「なにか良いことあったかな」と話しかけると、「いつも良いことばかりです」と答えが返ってきた。

明日は第二回特待入試等の発表の日である。こんな生徒のいる本校に入学してくれることを願っている。

2009年1月19日 (月)

蕗の薹

1月17日(土)

 「襲ねたる むらさき解かず 蕗の薹」、後藤夜半のこんな俳句を目にした。年明けの庭先に、実は十数個の蕗の薹が顔を出していた。寒い時期、良くぞと思いつつ、何回もそれを数えた。植物たちは忘れず新しい季節を迎えている。まだまだ風の冷たいこの時期に春を感ずることはできないが、福寿草や蕗の薹は春を告げる言葉であり花でもある。今日はセンター試験の初日だ。寒さ中の試験であるが、受験生にとって春を告げる季語となるよう祈っている。

 ※ 襲ねたる=かさねたる

根を張るために

1月16日(金)

 寒い日が続いている。出勤前に庭の手入れをするのが日課であり楽しみの一つである。この時期何をするのか不思議に思うかもしれないが、植木を見るということも手入れの一つと考えている。弱った木に「元気出せよ」と声をかけることもある。端から見ているとおかしいかもしれないが、植え替えた樹木を枯らしたことはほとんどない。生徒を見守ることや生徒との語らいを教育の根源におくべきと感じた朝だった

2009年1月14日 (水)

教育の十分性(心地よい敗北)

1月14日(水)

 新しい年が始まり、入学試験等々で忙しい日が続いた。朝のこの時間にホッとすることはあまりないが、今朝は朝日を浴びながらお茶を飲んでいる。若い頃から午前の10時台、午後1時台の時間帯が無性に好きであった。皆が忙しく動く時に、心の中でそこを抜け出し、しばし人の流れを見ることで豊かになる自分を知っていたからだ。贅沢なことであろうが、一瞬でもこのように感じる姿勢を持ち続けたい。

 ゆとりのあるときには生徒にも心が通じるのか、1時間目が終え教室の戻る3年生のT君が、庭側の窓を叩いてあいさつをしてくれた。K君はある企業への就職が決まっているが、将来に大きな希望を持ち、その思い語ってくれた。若者に夢をもたせるのが社会であり、学校でなければならないだろう。授業を生徒にとっての必要性とするならば、生徒にとっての教育の十分性をしっかり考えるのも学校の使命であり、夢を育む心を醸成するのでないか。3年生は間もなく社会へ巣立つ。その社会は夢を描けるような状況ではないが、こういう時代だからこそ、教育の十分性が問われてくるのでないだろうか。

 校長室に3年生の美術の時間の作品(小物入れ)が数個飾ってある。彫刻を施したもので、高校時代の思い出を詰め込むにふさわしい作品である。その中にM.Tさんのウサギとキノコの図柄の作品が、愛らしさとファンタジックな雰囲気を与えている。偶然にもM.Tさんとこんなことがあった。週末に燃えるごみは自宅に持ち帰り、庭の落ち葉と共に処分している。校門で帰り際の生徒に、「自分のごみを自分で処理する」心得を説いた。しかし、一人の女生徒が、紙はキチンと伸ばし重ねて古紙利用を考えたほうがいいのではないかと話してくれた。今に生きる大切な心得を持った生徒がいることに快い「敗北を」を感じた。この生徒が実はM.Tさんであったことも、教育の十分性を感じた瞬間だ。