2018-10-24

「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則と再審事件 ― 上林 邦充 教授

 去る10月10日(水)、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は、再審請求のあったいわゆる「松橋(まつばせ)事件」で、検察側の特別抗告を棄却し、再審開始が確定しました。
 殺人事件の再審確定は、最高裁が再審開始基準を示した1975年の「白鳥決定」以降で15件目、最近では大阪市東住吉区の女児焼死火災で起訴された母親ら2人の再審が2015年に確定して無罪となって以来となります。

 「松橋(まつばせ)事件」というのは、熊本県宇城(うき)市(旧松橋町)で、1985年に男性(当時59歳)が刺殺されたという事件で、犯人とされたのは将棋仲間だった宮田浩喜さん(現85歳)で、殺人罪で懲役13年の刑が確定、服役し、その後仮出所後に再審請求がなされたものです。

 宮田さんは捜査段階で、凶器とされた小刀の柄にシャツから切り取った布片(ぬのきれ)を巻き、事件後に燃やしたと自白しましたが、一審の途中から「自供の大部分は偽りだった」と否認に転じて無罪を主張しましたが、熊本地裁と福岡高裁は、この「自白」が犯人だと示す証拠であるとして有罪を認定し、1990年に最高裁で有罪が確定しました。
 宮田さんは服役後、1999年に仮出所し、2013年3月、認知症状態になった宮田さんに代わり成年後見人の弁護士が再審請求したものです。

 一度確定した有罪判決を覆すには、無罪を認めるべき明らかな証拠を新たに発見しなければなりません(刑事訴訟法第435条第6号)。
 この規定をどのように解釈するか、今までの法廷に出てこなかった新証拠によって覆すことができるものでなければならないと厳格に解釈するか、全く新しい証拠でなくても判決が有罪と判断した事実認定に合理的な疑いを生ぜしめるものであればよいとするのか見解が分かれていました。前者によれば、真犯人を探し出したとか、証拠調べには全く登場しなかった新しい証拠物を発見したとか、再審請求者にとって非常に困難なことが要求されることになります。

 もともとの刑事裁判の目的や、刑事裁判の鉄則と言われている「疑わしきは被告人の利益に」の意味するところまで、さかのぼって考える必要があるでしょう。

 そもそも刑事裁判の目的はなんでしょうか。刑事訴訟法第1条は、「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」と規定しています。
 戦前の旧刑事裁判では、事案の真相を明らかにすることが目的であり、基本的人権の保障の部分は戦後の現行刑事訴訟法になって付け加えられたものです。その違いは何を意味しているのでしょうか。

 犯罪事件が発生し、そのまま放置すれば犯罪がはびこり、多くの人々が犯罪の被害を被るおそれがあり、不安な社会になってしまいます。それを避けるために、事案の真相を解明すること、犯人を確保すること、証拠を収集することが必要であることは誰でも容易に理解できることです。
 このように事案の真相解明を刑事裁判の目的とすることを「実体的真実主義」と呼んでいます。「犯人必罰主義」と言い換えても良いでしょう。犯罪が起きたということは必ず犯人がいるわけで、法に触れた以上処罰しなければならない(処罰の程度などはべつにして)というわけです。「法学」の授業で、学生諸君に「犯人必罰主義は正しいでしょうか?」と聞きます。皆当たり前のことをなぜ聞くんだといいたげな怪訝な表情を浮かべます。さらに、「犯人必罰主義には誤りがあります。それが何かわかりますか?」と問いかけますが、ますますわからないという顔をします。おそらくこれが一般的な反応と言ってよいと思います。

 犯人必罰は理念としてはその通りと言ってよいでしょう。しかし、現実の捜査では、「迷宮入り」という言葉があるように。常に犯人を割り出して逮捕に結びつくというわけにはいきません。ところが、社会秩序の強化が図られ、処罰感情の強い社会体制にあっては、犯人逮捕は至上命令でありひとり残らず犯人を逮捕しなければなりません。旧憲法、旧刑事訴訟法の下ではまさにこのような状況であったわけです。そこで、捜査官憲は、前歴がある者、危険視されている者などのブラックリストの中からそれらしい者を探し出し、犯人に仕立て上げる場合が出てきたのです。自白は非常に大きな証明力をもった有罪証拠ですから、自白を取るために「拷問」が非合法的に常態化するということになりました。冤罪に泣く者が多数作り出されたのでした。

 現行刑事訴訟法になって、戦前の人権蹂躙にわたる捜査をくり返してはならないということになりました。犯罪を犯した者は必ず処罰しなければならないというというのは確かに一つの真相ですが、反対に、犯罪を犯していない者は絶対に処罰してはならないということも一つの真相です。基本的人権尊重主義を基本原理とする現行憲法のもとでは、後者に力点が置かれることになりました。これを「消極的実体的真実主義」と呼びます。
 戦前の捜査では適正に手続きを踏むより犯人必罰という至上命令を実行することが優先され、そのため大きな犠牲が払われました。戦後は、その反対に、法の適正手続き(デュープロセス)を踏むことが強く求められることになりました。

 「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則には以下のような経緯があります。
 1789年ののフランス革命の所産として、人権宣言(「人および市民の権利宣言」)の第9条に「すべての者は、犯罪者と宣告されるまでは、無罪と推定される」という規程がおかれました。ずっと下って1948年の「世界人権宣言」第11条にも「犯罪の訴追を受けた者は、すべて、・・・有罪の立証があるまでは無罪と推定される権利を有する」という規定が設けられました。19世紀初頭のドイツでは、学説が「疑わしきは被告人の利益に従う」{in dubio pro reo}という原則を作り出しました。英米でも,これと平行して、「無罪の推定」(presumption of innocence)という表現が普遍化しました。
 わが国では、成文法で直接に規定されたことはありませんが、明治以降、当然の原則と理解されています。現在では、刑事訴訟法336条の「犯罪の証明がないときは・・・・、判決で無罪の言渡しをしなければならない」という規程の内容とみることができますし、また、憲法31条の「法律の定める手続」に含まれるということもできましょう。

 「疑わしきは被告人の利益に」の原則は、判決が出るまでの捜査段階、公判段階において、法曹機関の各機関においてその濃淡の差はあっても、守られなければならないということは強く意識されたところでありました。

 ところが、確定判決後の再審の段階では、逆に、「疑わしきは確定判決の利益に」が原則と化し、再審の門はいわば「開かずの扉」とも「ラクダが針の穴を通るより難しい」とも称されるように、再審請求が認められることは極めて困難な状況が続きました。一度宣告された確定判決を覆すことは、法に対する、また裁判制度に対する国民の信頼を損ねることになるというのが主たる理由と思われます。

 1975年、再審手続きにおいても「疑わしきは被告人の利益に」の原則は採用されるべきだという一部の刑事訴訟法学者の努力が実を結び、最高裁判所によって承認されることになりました。これがいわゆる「白鳥決定」です。
 1952年に札幌市で発生した警察官射殺事件(被害者の白鳥一雄警部の名から「白鳥事件」と呼ばれている)で、有罪判決に対する再審請求に対して、最高裁が決定で再審基準を示すことになったので「白鳥決定」と呼んでいます。
 再審開始のためには「確定判決の事実認定に合理的な疑いを生ぜしめれば足りる」とし、その判断を新旧証拠の「総合的判断」で行うことを求めました。従来の、確定した有罪判決を覆すには新証拠が必要だとする考えを改め、確定有罪判決の基礎となっているその当時の証拠をも含めて、確定有罪判決に「合理的な疑い」を生じさせればよい、その意味で「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるとしました〈事案そのものは再審開始にはいたりませんでした〉。

 この「白鳥決定」を受けて、いずれも死刑事件である免田事件(1983年)、財田川(さいたがわ)事件(1984年)、松山事件(1984年)、島田事件(1989年)で、再審無罪判決が次々と出されることになりました。

 死刑事件以外では再審無罪判決が出されたものと、再審請求が認められない事件と分かれています。死刑事件でも、島田事件を最後に、再審無罪判決を手にした死刑囚はいません。「白鳥決定」は生きているのか、という疑問の声も上がっています。

 そういう中で、再審裁判のさらなる問題点が指摘されるようになりました。
 「松橋事件」の有罪判決では、小刀の柄にシャツから切り取った布片を巻いて刺殺したが、事件後燃やして廃棄したということで、シャツについての検証なしに、「自白」に基づいてその自白が十分信用できるという有罪判断がなされたわけですが、再審請求後、弁護団が検察側が未提出の証拠を閲覧したいと求めたのに対し、検察側がたまたま一部応じた中に、問題の布片が見つかったというものでした。燃やされ廃棄されたのではなく、捜査側が保有していたのでした。

 再審の熊本地裁は、このシャツの布片や、小刀と傷跡の形状が一致しないという鑑定を新証拠と認めて、「自白の重要部分と客観的事実が矛盾する疑いが生じ、自白のみで有罪認定を維持できなくなった」として再審開始を決定したものです。福岡高裁も「捜査官に迎合して事実ではない供述をした可能性がある」として、再審開始を支持していました。
 捜査当局が収集保有している証拠を当初から提出していれば、確定判決の内容も違っていたかもしれません。再審段階でも提出されていればもっと早く決着がついていたと思われます。

 現行法では、検察が提出しなかった証拠について、検察に開示する義務はありません。組織力において、証拠収集能力において圧倒的に勝る検察に比し、いずれも貧弱な弁護側は検察の収集・保有する証拠を事前に把握したいところですが(証拠開示という)、検察が提出しない限り見ることができない仕組みになっています。重要なケースでは、裁判官の命令で証拠を開示させることができますが、これも裁判官が認めた場合に限られています。

 裁判員制度の導入に伴い、証拠開示の制度はかなり整備されました。一部重大事件について「公判前整理手続」という証拠開示の仕組みがあり、証拠リストの交付制度も始まりました。
 しかし、この新しいルールは再審には適用されていません。検察が裁判所に提出しなかった証拠が無罪の決め手になることがあります。最近は、袴田事件や東電OL殺人事件などで、捜査段階ですでに収集されていたものの、裁判には提出されなかった「古い新証拠」の開示が、再審開始や再審無罪につながっていることを考えると、この分野での法整備が急がれるところです。検察が証拠開示要求に応じた場合、裁判官が積極的に証拠開示命令を発した場合以外は、現行法上再審は不可能となります。このように、再審開始される場合、されない場合はまちまちで不安定であることから、これを「再審格差」と呼んでいるようです。

 冤罪は、その人の人格を侵害し、しかも真犯人を逃すことになり、二重の意味で刑事訴訟の目的(真相の解明と人権保障)と相容れません。
 検察は地裁が再審を決定したにもかかわらず、さらに年月をかけて高裁、最高裁で争う姿勢をとることが少なくない。消極的実体的真実主義の精神に立ち返るべきだと思われます。
 裁判所も、司法部の面子にこだわることなく、また、先輩の裁判官や同僚裁判官の立場をかばおうとする心情に陥ることなく、原点に立ち返って正義の実現に尽力してもらいたいものです。
 そして、早期の法改正が望まれます。