2017-12-14

あなたの選択、囲い込まれていませんか? 最新スマートフォンの発売に寄せて ― 長谷川 雄哉 講師

 Appleの最新型スマートフォン、iPhone X(テン)が11月3日に発売されて1ヶ月がすぎました。11万2,800円〜(税別)と高価な端末ですが、売れ行きは上々で、発売初日の直営店舗では恒例の開店前行列(それも数日前から陣取っているほどの)と、製品をゲットした人たちの喜びの光景がニュース番組でも流れていました。iPhoneはマイナーチェンジではほぼ毎年、メジャーチェンジで2年スパンで新しいモデルが出てくるので、話題性もあり、ニュースとしてのバリューも高く、Apple社は新製品をつうじて世間の注目を集めています。特にiPhone Xではこれまでのモデルに比べて全画面ディスプレイと顔認識カメラという新しい技術が搭載されており、これらの機能が前製品に対して「魅力的な製品」に仕上がっていることが評価されています。

 日本の市場におけるiPhoneユーザーは、SoftbankがiPhone4を発売した2011年頃から大きく拡大しています。当初はSoftbankの独占販売となっていたiPhoneは、SoftbankによるDoCoMoやauに対する企業戦略の一貫として大幅な割引により従来のガラケーに比べてさほど高くない料金体系と、Apple製品の持つオシャレなイメージや、他社のスマホやガラケーに対する斬新さといった話題性から、瞬く間に多くのユーザーを獲得しました。その後、iPhone5は2012年にSoftbankとauから、そしてiPhone5s/cは2013年にDoCoMoを加えて大手キャリア3社で取り扱われることになったことは、記憶に新しいと思います。その後の流れは2014年にiPhone6、2015年にiPhone6s、2016年にはiPhone7へと順当にモデルチェンジが進められてきています。

 いまiPhoneを使っている方は、この中のどのタイミングでiPhoneを選択しましたか。あるいはあなたの周りで、iPhoneのユーザーが増えてきたように感じるのはいつぐらいの時期だったでしょうか。データの上ではiPhoneが爆発的に普及したのはiPhone4(2011年)とiPhone5s/c(2013年)の時だと言われています。多くのユーザーはキャリアのサポートを活用して24回の分割払いで端末を購入するので、製品のライフタイムは2年と考えられます。2011年、2013年、2015年そして2017年という形で、Appleは2年で分割払いが終わるタイミングを狙って新機種を発表してきており、そのタイミングのたびに日本のiPhoneユーザーは増加の一途をたどっています。

 

 ユーザーの増加が見られる新規契約や機種変更の動向には、いちどiPhoneを利用したユーザーは次の機種更新でもiPhoneを選択するという特徴が強く観測されています。これはなぜでしょうか。iPhoneの機能が優れているから? iPhoneを持つことにステータスがあるから? それともiPhoneを使っているから次もiPhoneにしたいと思うから? どのような理由が挙げられるでしょうか。

世界的に見ればiPhoneのユーザー数はAndroidのユーザー数と比べて1:9と言われています。この数字は途上国市場を含めてのシェアなので、高額な端末であるiPhoneを買うことができない市場におけるスマートフォンのニーズをAndroidが吸収しているからです。その一方で一部の先進国、日本やアメリカではiPhoneのシェアがAndroidを上回っています。多くの人は、先に挙げたような理由(iPhoneの機能が優れているから、iPhoneを持つことにステータスがあるから、いまもiPhoneを使っているから)を述べてiPhoneが魅力的なプロダクトであるということが注目されていることが強調されます。

 では逆に、なぜiPhoneを使っている人はAndroidを使わない・使おうとしないのでしょうか。iPhoneはAndroidに比べて高価であり、スマートフォンを持つということを目的にするのであれば、これを選ぶことは合理的ではあるとは言えないのではないでしょうか。多くの人は先に挙げられた理由のように、iPhoneのほうが優れているということをもってAndroidは選ばれないものであると述べていると思いますが、果たして本当にそうでしょうか。

 これまでに挙げてきた理由の端々に見て取れるように、ひとつの理由としては見栄の部分がありそうなのは見て取れます。高価なものだけれども、皆が使っているから自分も使っていないと恥ずかしいという感情です。このような効果について経済学では顕示的効果(ヴェブレン効果)として示されています。モノの値段は高ければ高いほどモノとしての効用が高まる、すなわち満足度が高いと考える顕示的効果はヴェブレンによる『有閑階級の理論』(1899)の中で記されています。iPhoneは、そのような「見せびらかし」の所有欲を満たす、他人に自慢したいという感情で選ばれているであろうことを、ヴェブレンの議論から理解することはできます。この議論は、ライベンシュタインによって「バンドワゴン効果・スノッブ効果」として拡張され、これはこれで話題としては面白いのですが、しかし今回はそれ以外のところを指摘していきたいと思います。

 

 iPhoneが広く普及しており、皆が持っているということは、ユーザーにとっても便利な状況であるといえます。これは「バンドワゴン効果」(ネットワーク外部性)のもたらす良い面として注目され、具体的には操作に困ったときに気軽に友人に問い合わせができたり、アプリケーションの使い勝手について相談をしたり、オプション品(ケースやイヤフォンなど)の使い勝手を相互に確認しあったりすることが該当します。皆が持っていない製品であれば、そのようは利便性は、享受することができません。そういう意味でも「iPhoneを所有すること」に高い効用があると考えられます。

 しかしその一方で、iPhoneをいちどドップリと使ったユーザーはiPhone以外を選択することが、上記の利便性と効用を差し引いても困難になる理由があります。その理由とは、タイトルであげた「あなた、囲い込まれていませんか」です。皆が使っていることは便利なことで良いことですが、その一方でiPhoneにはAppleによってユーザーをガッチリ捕らえて離さない仕組みが組み込まれているのです。皆が使ってるから、カッコイイから、最先端っぽいからという安直な理由で選択したiPhoneから、あなたがなぜ逃れることができないのか。それについてこれから詳しく解説しましょう。

 まず第一の理由は、Appleによるアプリストアの存在です。自分は無課金ユーザーだから大丈夫だと思っている人でも、この罠から逃れることができません。iPhoneのアプリストアでしか扱っていないアプリやゲームがある以上、そのアプリをこれからも継続して使いたければ、iPhoneを選ぶしかありません。またiPhoneのアプリで積んだ実績を他のハード(例えばAndroid)には持ち出せないアプリ(特にゲーム)は少なからずあります。そうなってしまうとユーザーは囲い込まれたも同然で、さらに運悪くゲームに重課金でもしていてこれをあきらめることが難しければ、いよいよ逃げ出すことは困難になります。

 第二の理由は、Appleによって高いユーザーエクスペリメンスと言い換えられた、UI(ユーザーインターフェースの操作感)による囲い込みです。見慣れたiPhoneのアプリがAndroid版のアプリと見た目が違うことに戸惑ってしまう(Androidの「戻る」ボタンの存在がそもそも理解できないという症状が出ていれば重篤です)ことはあるのではないしょうか。皆さんがよくつかっているLINEやTwitterですら、iPhone版とそれ以外のハードウェア版はボタンやアイコンの配置が異なっています。Appleはユーザーが使いやすいようにインターフェースの統一を行わせていると説明していますが、

 第三の理由は、iPhone以外の関連機器による囲い込みの存在です。たとえばライトニングケーブル、これは実質的にApple製品以外では使い道がありません。少し古い機種であれば平型30pinケーブル(Dockコネクタ)というものもありました。少し昔のカーオーディオやステレオデッキにはDockコネクタを備えている「iPod/iPhone対応品」が少なからずありました。このようにiPhoneにケーブルで接続することで利用できる関連機器が安いモノから高いモノまで市場には様々なものがありますが、「関連機器を持ってるから」ということでユーザーを囲い込む役割を果たします。

 

このような囲い込みのもとでは、他のハードウェアに転出するコストが低いようなユーザー、つまりiPhoneを使い込んでいない、ストアでアプリも、周辺機器もあまり買っていないようなユーザーであれば転出はまだ容易であるといえるかもしれませんが、ほとんどのiPhoneユーザーでは、過去の投資との決別によほどの覚悟を決めるか、きちんと取捨選択すべき状況が整理できない限りは、この囲い込みから脱出することは困難です。様々な囲い込みによってユーザーに「iPhone以外に転出することを考えるのは面倒くさそうだ」と思わせることができればAppleの勝ちです。末永くAppleの思い通りになる顧客として、安くはない端末を購入し続けてくれるお得意様の誕生です。AppleのハードウェアはAppleによってのみ販売される「独占的な製品」ですので、Appleの製品を欲しいというユーザーはAppleの言いなりになるしかありません。お使いの端末はもう旧モデルであるのでバージョンアップをしませんから買い替えてくださいと言われれば、それに従うしかありません。

さらに悪いことに、こういった囲い込みをビジネス戦略としてヨシとする風潮が見られることが、問題をより複雑にしています。Appleは先進的で優れた企業であると考える人たちは、Appleは独占企業ではあるがMicrosoftよりは弱いという先入観で理解されており、Microsoftはこれまで度重なる悪行を行ってユーザーを苦しめてきた悪者であるが、Appleが行っていることは悪いことではないと「信じられて」います。いつまでも使い続けられては新しい製品の売り上げが伸びないので、Appleはこれまでもたびたび旧製品の切り捨てを行ってきていますが、Microsoftが同じことをすれば大ブーイングが起きるようなことでも(Windows XPは世間の批判を受けて提供終了予定が繰り返し延期されました)、Appleによる独占企業としての振る舞いを肯定的にとらえる立場もあります。

 

 ユーザーの選択が囲い込まれることで、市場においては独占企業の振る舞いがまかり通ってしまいます。独占企業がどのような行動をするかはミクロ経済学で学ぶことができます。競争相手がないので価格を自由に引き上げることができ、競争がないので(リスクを負ってまで)新しい技術を取り入れる必要はなく、結果的にユーザーの環境や市場の成長を停めてしまいます。

 実質的にスマートフォンの市場はiPhoneとAndroidの二大派閥により支配されているといえ、寡占市場になっています。Nokia(Symbian OS)やRIM(BlackBerry OS)やMicrosoft(Windows Mobile)が市場に存在していた頃と比べると、独創的な端末やサービスは登場しなくなっています。それだけ市場が熟してきているということの現れでもありますが、挑戦のない市場はイノベーティブであるとは言えません。革新的であるように装っている枯れた技術が投入された製品に一喜一憂することは、茶番もいいところです。iPhone Xを見て「面白みがない」とか「高い」とか感じた人は、こういった囲い込みを意識できる、いい機会を得たのかもかもしれません。

 いちユーザーに市場観をもって複数の選択肢を自分で確保することを求めることは難しいですが、もしも自分の選択肢が囲い込まれていると感じた時には、それ以上沼にはまる前に立ち止まって考えてみてください。自分は消費者として、企業の掌の上で都合よく踊らされてはいないかということを。