フェルプスが抱えた新しいメッセージ
経済学部講師 石坂友司
オリンピック北京大会で前人未踏の8冠を達成した競泳のマイケル・フェルプス(米国)が、今月の競技会に登場し、5種目中2種目で優勝した。しかしながら、このニュースは2012年のロンドン大会に向けて順調なスタートを切ったというものではなく、過ちからの再出発を報じるものであった。今年の2月、彼は大麻吸引の疑惑が報じられ、米国水泳連盟から3ヶ月の出場停止と強化費支給停止処分を受けていた。
フェルプスは昨年11月に行われた大学のパーティーで大麻を吸引したと報じられた(正確に書けば、通常大麻の吸引に使われるパイプに口をつけている写真が掲載された)。フェルプスは早々に不適切な行為であったことを謝罪し、事実上吸引を認めている。ただし、彼自身が吸引を明言していないこと、吸引器の所持だけでは罪にならないなどの理由から、警察は証拠不十分として立件を見送った。
大麻は世界反ドーピング機関(WADA)の禁止薬物に指定されているものの、処罰対象となるのは競技期間中に陽性反応が出た場合だけに限られる。従って今回のケースはメダル剥奪の処置には当たらない。ではなぜ米国水泳連盟は上記のような処分を下すことができたのであろうか。連盟の言い分はファンや関係者を失望させたこと、だそうである。
フェルプスは、金メダルを獲得した2004年のアテネ大会後に飲酒運転で逮捕された経歴をもつ。汚名を返上した北京大会の活躍によって、彼のもとにはスポンサーのスピードやオメガなどから約500万ドルの報酬が入ったと報じられている。今回の一件で、食品会社のケロッグが契約を更新しないことを決めたが、メイン・スポンサーの多くは契約を続行し、市場価値の低下はそれほどではないと言われる。その理由はどこにあるのだろうか。
通常、スポーツ選手がスポンサーなどから高額な報酬を受け取るのは、クリーンなイメージを付与される対価であり、スポーツにもたされた象徴力の大きさ故である。従って、スポーツ選手の日常生活は厳格に管理され、スキャンダラスな存在であってはならない。陸上女子のマリオン・ジョーンズ(米国)がドーピング違反によるメダル剥奪と偽証罪で禁固刑に服し、財産と社会的名声の全てを失ったことは記憶に新しい。一方で、今回の報道があくまでも吸引疑惑とされているところに、彼のポジションを守ろうとする米国オリンピック委員会とメディアの意図が感じられる。大記録を打ち立て、米国の年間最優秀男子選手として選ばれたフェルプスは米国にとってはなくてはならない存在である。
彼に求められるのは偉大なオリンピック王者にふさわしい清純で、模範となるロールモデルである。また、今回仕組まれたのは「過ちを改める王者」というメッセージである。東京とともに2016年のオリンピック招致を目指すシカゴは、フェルプスをリードサポーターに起用し、街中に巨大な絵が掲げられているという。スポーツの神話を保持しつつ、選手の名声をも確保した今回の米国の判断と新しいメッセージは、度重なるドーピング使用で失墜したスポーツ界の信用回復となるのか、面白い問題を提起していると言える。
