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2009年5月20日 (水)

裁判員制度について

法学部 菊池 定信 教授

本年5月21日から、裁判員制度が始まる。これから起訴される殺人罪等の対象事件については、争点や証拠の整理手続(公判前整理手続)を経て、8月ごろには、裁判員が登場する第一回公判が開かれるものと思われる。このような時期に、論説的な一文を投稿せよ、ということであるが、裁判法を講義する教員の立場からすれば、そのテーマは、裁判員裁判に関するものにならざるを得ない。

かっての日本でも、各地の裁判所で陪審法廷が開かれたことがある(1923年の陪審法)。しかし、陪審の意見が無視される、という制度自体の欠陥があったことなどから、徐々に対象事件が減少して陪審制度は廃止された、という経緯がある。

現行の裁判員制度は、平成11年、内閣に設置された司法制度改革審議会が司法制度改革の一環として、一般市民が裁判官とともに直接裁判に関与すべきであり、そうすることにより、司法がより強固な国民的基盤を得ることができる、という趣旨の提言をしたことに始まる。この提言を受けて、平成16年に、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(裁判員法)が制定・公布され、この5月21日から施行されることになった。

裁判員制度とは、要するに、死刑や無期懲役等に当たる事件について、選挙権を有する市民の中から無作為に選び出された者が裁判員として出廷し、証人尋問や被告人質問等の証拠調べに立ち会い、被告人が有罪か無罪か、有罪だとしたらどんな刑に処すべきかを裁判官と一緒に協議して決定するものである。

このように、国民が裁判に参加する制度は、諸外国にもみられる。イギリスやアメリカ合衆国の陪審制、また、ドイツやフランスの参審制がそれである。前者は、無作為に選ばれた市民(陪審員)が全員一致をもって有罪か無罪かの評決をし、有罪と決めた場合には、

裁判官が科すべき刑を決める制度である。つまり、陪審員と裁判官とが役割を分担するところに特徴がある。これに対し、参審制は、現行の裁判員裁判と同様に、市民(参審員)と裁判官とが合議して審理判決を行う。しかし、その参審員は複数の事件を担当する任期制で、しかも団体等の推薦等に基づき選任される点で裁判員制度と異なる。なお、韓国でも、市民(参与員)参加の参与裁判制度がスタートしている。

最高裁判所や法務省等は、これまで、連日のように、裁判員制度の仕組みや内容について広報、宣伝してきた。近頃では、新聞やテレビでの取り扱いも際立っている。しかしながら、各種の調査によれば、裁判員裁判に参加したくない、というのが国民の多数意見であるという。何故か。一言でいえば、それは、裁判員制度が国民参加を基礎としていながら、その国民の目線に立って制度化していない、ということに尽きる。決めてしまってから、国民の理解を得ようと必死になっているように見えるのである。

517日朝日新聞朝刊には、61歳の男性の投稿が載っている。「裁判員制度ができる際に国民の意見を聞く場はあったのでしょうか。自分が候補者に選ばれて、そう強く感じています。いまは、徴兵制に近いような感じで受け取っています。-----」と。