« 2009年5月 | メイン | 2009年7月 »

2009年6月

2009年6月24日 (水)

雑感

照山顕人 准教授

昨年末一書を刊行した際、内外の文献を渉猟することに難儀しましたが、今の世の中パソコンのおかげで、少なくとも文献の収集だけでも、僕の学生時代と比べればはるかに、楽になりました。

昨今のコンピューターの発達によって、僕のような機械音痴にも簡単な操作で捜し求めている文献がどこに存在するか、たちどころにわかります。どこかの図書館で所蔵している場合には相互貸借のシステムで、わざわざ遠方の図書館に行かなくても、郵便や宅配によって本学の図書館に届きます。1ページや2ページ程度の資料が必要であればファックスでその部分だけ送ってもらうことができます。古書店のサイトを使えば日本のみならず世界中の古書店の情報がわかり、注文を出すことができます。さらにグーグル・ブックスのサイトを使えば――著作権が切れている文献と思いますが――本1冊が丸々閲覧可能で、おまけにプリントアウトをすることもできるのです。大体僕が探す本といえば、1700-1900年代初期の古い本ですので、このサイトでほとんどが間に合ってしまい、非常に助かりました。

 でも今から30年前の僕が大学生だったころを思い起こすと、隔世の感を禁じえません。ある本を必要として、それが在学している図書館になければ、よその図書館にそれを求めるわけです。これは今と同じです。しかしパソコンはありませんから、機械がどこの図書館にあるか調べてくれることはしません。すべて人力なのです。当時図書館には、日本の大学図書館を横断検索できる蔵書目録(書名は失念しました。現在のNACSIS Webcatの冊子版です。)があり、それによって捜し求める本がどの大学図書館で所有しているかがわかりました。非常に大部なものだったので、調べるのも一苦労でした。かつてイギリスの古い文献が必要となりその目録で探したところ、関東圏では図書館情報大学(現、筑波大学)にしかないことが分かりました。禁帯でしたので、現地まで赴かなければならず、都心から筑波まで電車とバスを乗り継いで往復しました。帰りは夜になってしまいましたが、バスが1時間に1本程度しか運行されておらず、あぜ道の脇のバス停で真っ暗な中40分くらい待った記憶があります。捜していた本も見つかり、コピーも取れたという満足感で帰ってきました。今から思うと2時間も3時間もかけて、わずか数冊の本を探しによく行ったと思います。若かったから学問に対する情熱もあったのでしょうが、当時としてはそのほかの選択肢がなかったわけですから、仕方がなかったのです。みんなが同じ方法で研究に勤しんでいました。

海外の古書店に文献を求めるのも大変でした。僕は自分が探している本をリストアップして、スコットランド中の古本屋に郵送していました。何日か後に古書店から在庫の有無が郵便で返事が来ます。したがって1冊の本を探し出して、手に入れるまでに数ヶ月の期間を要しました。これだけの期間がかかるわけですから、入手したときには注文したことすら忘れているということも何回かありました。また海外の多くの古書店から定期的に古書のカタログが届くのですが、自分のほしい本がたまたま掲載されていると、他人よりも早く注文を出さないと、とられてしまいますから、しょっちゅう国際電報を打っていました。これだと24時間OKですから、電話より好都合でした。したがってファックスを据え付けた時は本当に便利だなと思いました。今では古書店もカタログなどは廃止して、独自のHPを立ち上げ、ネット上で在庫目録を公開しています。

 現地の図書館にもずいぶんと手紙で問い合わせをしました。先年エディンバラ市立中央図書館を訪れた時、僕がその昔送った手紙の束が残っていました。図書館ではどのような問い合わせがあり、それに対してどのような回答をしたか、記録として残しておくのだそうです。

今、論文を書く時などにはさまざまな文献をパソコンで調べますが、そんなとき学生時代のことが懐かしく思い出されます。しかしよくよく考えれば、僕の学生時代よりももっと昔の人はもっと苦労をして本を読んでいたはずなのです。

数週間前に図書館で岡本綺堂の随筆集を見つけました。綺堂(18721939)は明治中期に2代目市川左団次と組んで新歌舞伎の劇作家として活躍した人です。また小説家としても名を馳せた人でした。代表作は戯曲で「修禅寺物語」、小説では「半七捕物帳」があります。

その随筆集の中に「読書雑感」という筆海があり、綺堂が最も多くの本を読んだという明治20年代の読書事情が書かれています。当時の人々は、現代のわれわれに想像もつかないような苦労をして本を読んだ逸話が紹介されています。当時の読書事情を知るよすがとして、極めて興味深いので皆さんにご披露します。

それに付けても、わたしたちの若い時代に比べると、当世の若い人たちは確に恵まれていると思う。わたしは明治五年の生れで、十七、八歳即ち明治二十一、二年頃から、三十歳前後即ち明治三十四、五年頃までが、最も多くの書を読んだ時代であったが、その頃には勿論廉価版などというものはない。第一に古書の翻刻が甚だ少い。

したがって、古書を読もうとするには江戸時代の原本を尋ねなければならない。その原本は少い上に、価も廉(やす)くない。わたしは神田の三久(三河屋久兵衛)、という古本屋へしばしばひやかしに行ったが、貧乏書生の悲しさ、読みたい本を見付けても容易に買うことが出来ないのであった。金さえあれば、おれも学者になれるのだと思ったが、それがどうにもならなかった。

わたしにかぎらず、原本は容易に獲られず、その価もまた廉くない関係から、その時代には書物の借覧ということが行われた。蔵書家に就てその蔵書を借り出して来るのである。ところが、蔵書家には門外不出を標榜している人が多く、自宅へ来て読むというならば読ませて遣(や)るが、貸出しは一切断るというのである。そうなると、その家を訪問して読ませてもらうのほかはない。

日曜日のほかに余暇のないわたしは、それからそれへと紹介を求めて諸家を訪問することになったが、それが随分難儀な仕事であった。由来、蔵書家というような人たちは、東京のまん中にあまり多く住んでいない。大抵は場末の不便なところに住んでいる。電車の便などのない時代に、本郷小石川や本所深川辺まで尋ねて行くことになると、その往復だけでも相当の時間を費してしまうので、肝腎の読書の時間が案外に少いことになるには頗(すこぶる)る困った。

なにしろ馴染(なじみ)の浅い家へ行って、悠々と坐り込んで書物を読んでいるのは心苦しいことである。蔵書家といっても、広い家に住んでいるとは限らないから、時には玄関の二畳ぐらいの処に坐って読まされる。時にはまた、立派な座敷へ通されて恐縮することもある。腰弁当で出かけても、碌々(ろくろく)に茶も飲ませてくれない家がある。そうかと思うと、茶や菓子を出して、おまけに鰻飯などを喰わせてくれる家がある。その待遇は千差万別で、冷遇はいささか不平であるが、優待もあまりに気の毒でたびたび出かけるのを遠慮するようにもなる。冷遇も困るが、優待も困る。そこの加減がどうもむずかしいのであった。

そのあいだには、上野の図書館へも通ったが、やはり特別の書物を読もうとすると、蔵書家をたずねる必要が生ずるので、わたしは前にいうような冷遇と優待を受けながら、根よく方々をたずね廻った。ただ読んでいるばかりでは済まない。時には抜き書きをすることもある。万年筆などのない時代であるから、矢立(やたて)と罫紙を持参で出かける。そうした思い出のある抜き書き類も、先年の震災でみな灰となってしまった。(千葉俊二編『岡本綺堂随筆集』岩波書店、2007pp. 225-227初出は1933年)

 軽妙な筆致で綺堂は書いていますが、ご当人なかなかの辛酸を嘗められたことは想像に難くありません。綺堂は「金さえあれば、おれも学者になれるのだと思ったが、それがどうにもならなかった。」と書いています。当時は本ひとつ読むのも大きなお金が必要で、もちろん時間も必要だったことがうかがえます。

綺堂が、今の時代にパソコンの前に座り、東西古今の書籍をいながらにして閲覧し、ワープロという最新の矢立を使っている姿を想像するのは楽しいものがあります。

今の世の中は明治時代よりもはるかに研究環境がよくなったわけで、その分研究が進展したことはいうまでもありませんが、わが身を振り返ってみると、必ずしもそうではありません。どうして、僕の身についたサボリ癖というのは、そこから脱却するのが難しいようです。便利な世の中になると、人は往々にして「安直」に走り「切磋琢磨」ということを忘れてしまうものなのでしょうか、もちろんこれは僕自身[僕だけ]に対する警醒の言葉ですが。

岡本綺堂の随筆を目にし、ついつい自分の学生時代のことを思い出してしまいました。

2009年6月17日 (水)

金融危機と時価会計

                                教授 隅田一豊

慶応大学、上智大学及び早稲田大学は金融危機の直撃を受け、093月末時点において、各々535億円、110億円及び28億円にのぼる金融商品の評価損を計上したことが新聞等で報道されましたね。このニュースは、会計学を学習している学生諸君はもとより、会計にはあまり関心のない諸君にも記憶に新しいところだろうと思います。

これらの有名私立大学が金融商品の運用に失敗し、多額の評価損を計上し、これを広く社会に情報開示することになったのは、学校法人も民間の営利企業と同様に、時価会計のルールを採用しているからです。ここで時価会計というのは、実体が所有している金融資産(例えば、株式や債券など)を取得時の原価ではなく、期末の時価(市場価格)で評価し、取得原価と時価との差額を評価益(原価<時価)又は評価損(原価>時価)として処理する会計ルールをいいます。

このように時価会計は、資産の時価を期末の市場価格で評価することによって、企業価値をできる限り正確に表示し、企業財務の透明性を高めようとするものです。このため、欧米諸国においては、時価会計は、株主や債権者などの情報利用者に対して有用な会計情報を提供する善玉として、積極的に導入がなされてきたのです。

我が国もこうした動向を踏まえて、会計基準の国際的調和化という、いわゆる錦の御旗のもとに、欧米諸国に追従して、金融資産等について時価会計を導入したのです。

ところが、諸君もよく承知しているように、近年における金融危機の影響によって、金融商品は大幅に下落し、企業は巨額の評価損を計上することになったのですね。特に、多額の金融商品を所有する金融機関では、巨額の評価損を計上することが避けられなかったのです。しかも巨額の評価損によって赤字決算が続くと、金融機関の経営の健全性を示す重要な指標である自己資本比率が急速に低下することになります。

かくして、時価会計は、金融危機を加速し、金融不安を増幅する悪玉であると批判され、欧米諸国では、時価会計の見直しを迫られ、その緩和措置が採られることになったのです。すなわち、国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board)や米国の財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board)は、金融機関が金融資産の評価額を独自に決定できる対象を拡大することによって、また金融機関が所有する金融資産の所有目的の変更を認めるなどの緩和措置をとることによって、金融機関が計上する評価損の圧縮を図ってきたのです。

このような時価会計ルールの緩和措置の導入によって、一方では、金融不安を抑える効果が期待されていますが、他方では、財務内容の透明性が薄れ、時価会計に対する不信感が増大しています。さて、学生諸君は、以上のような時価会計の善玉説と悪玉説のいずれに軍配を上げるのでしょうか。大変興味のあるところです。なお、本解説で取り上げなかった減損会計、低価主義、負債の時価評価などの時価会計については、いずれ授業の中で詳述することにしたいと思います。乞うご期待!

2009年6月15日 (月)

2020年に向けた日本の温暖化対策

経済学部 武田史郎 准教授

はじめに

ニュースで報道されていましたので,既に御存知の人も多いと思いますが,610日に麻生総理大臣が今後の日本の温暖化対策の方針を発表しました.「2020年までに日本の温室効果ガスの排出量を2005年比で15%削減」というような見出しになっていたかと思います.今回はこのニュースについて話したいと思います.

現在の状況

現在,日本は「京都議定書」の履行をせまられています.京都議定書とは温暖化対策のために世界各国が参加している取り決めです.具体的には,先進国を中心とした国々に対し,地球温暖化の原因とされている「温室効果ガス(二酸化炭素等)」の排出量を削減する義務を負わせるというものです.この削減義務を実行しなければいけない期間が2008年-2012年であり,日本は90年の排出量比で6%の削減をおこなわなければならないという義務を負っています.

90年比で6%の削減」とは,1990年の温室効果ガス排出量の94%の値まで削減しなければならないということを意味しています.例えば,1990年の排出量が100トンなら,2008年-2012年の間に94トンまで減らすということです.

この京都議定書の削減目標をどのように達成するかが現在の日本の課題の一つとなっているのですが,さらに新たな課題が浮び上ってきています.それは,京都議定書以後,つまり2013年以降の温暖化対策をどうするかという問題です.

京都議定書以後

今年の12月に開催されるCOP15という国際会議で,この京都議定書以後の世界の温暖化対策について議論がおこなわれる予定ですが,それに先駆けて日本政府は,日本の温暖化対策の方針を決定しておくということになりました.具体的には,日本の温室効果ガスの排出量を2020年までにどれだけ減らすか目標を決定するというものです.2020年までという中期的な目標であるため,「温室効果ガス削減の中期目標」と呼ばれています.この中期目標決定のために昨年末に「中期目標検討委員会」というものが政府の下に設立され,様々な検討がおこなわれてきました.

中期目標検討委員会

中期目標検討委員会で議論されたことの一つに「温室効果ガス削減の経済・社会への影響」というテーマがあります.なぜ,「経済・社会への影響」ということが関わってくるのでしょうか?それは以下のような理由です.

温暖化は温室効果ガスの排出量の増加に原因があるとされていますが,その温室効果ガスの代表的なものは二酸化炭素 (CO2) です.そのCO2がどこから排出されているかというと、その大部分は「化石燃料の利用」からです.つまり,石油,石炭,ガス等の化石燃料の利用が温暖化の主な原因ということになります.

日本が温暖化対策をとろうと思ったとします.温暖化の原因は化石燃料の利用にありますから,温暖化対策とは結局化石燃料の利用を抑制・減少させるということになります.実際,化石燃料の利用を減らそうとしたら何が起こるでしょう?これは化石燃料が何に利用されているか考えたらすぐわかると思います.

化石燃料は例えば発電に利用されています.鉄の生産にも利用されています.化学製品や紙などの生産,旅客,運輸等の輸送サービスにも利用されています.さらに,生産活動だけではなく,家庭での消費活動でも利用されています.自家用車,湯沸し器,厨房,暖房器具等です.

化石燃料の利用を削減するとは,結局以上のような生産・消費活動を抑制するということに他なりません.ここで,温暖化問題に詳しい人なら,生産・消費活動を抑制しなくても,エネルギー利用を減らせるのではないかと考える人がいるかもしれません.例えば,多くの人が車をプリウスやインサイトのようなハイブリッドカーに買い替えれば,これまでと同じように車を利用しつつ (消費活動をしつつ) ガソリンの利用を減らせるのではないかということです.しかし,ハイブリッドカーはまだ普通のガソリン車と比べると値段は高いですよね.値段が高いものを買うのなら,他の消費を減らさないといけません.結局はどこかで消費や生産が減らざるを得ません.

以上のような理由から,温暖化対策は経済活動に対しマイナスの (景気を悪くする) 効果を持つと考えられています.そこで,中期目標決定にあたり中期目標検討委員会では,温室効果ガスをどれだけ減らすとどれだけ経済に影響が出るかを様々なシミュレーションによって分析しました.

このシミュレーションの結果の一部を紹介しますと,まず,「2005年比14%の削減」という,それほど削減幅の大きくないシナリオでは,経済への影響は

GDP 2020年時点で 0.6% の減少

・失業率は 0.2% の悪化,

・家計の可処分所得は4万円の減少

となるという結果が出ました.

一方,「2005年比30%の削減」という削減量が大きい (つまり,もっと積極的に温暖化対策をおこなう) シナリオでは

GDP 2020年時点で 3.2% の減少

・失業率は 1.3% の悪化,

・家計の可処分所得は22万円の減少

と経済への影響はかなり大きくなります.

この結果をどう捉えるかは人それぞれだと思います.例えば,所得の4万円の減少を非常に重い負担と考える人もいるでしょうし,逆に 22万円の減少でも積極的な温暖化対策のためなら負担してもよいと考える人もいるでしょう (みなさんはどちらでしょう?)

政府がこの結果をもとに国民にアンケート調査をおこなったところ,「2005年比14%の削減」というシナリオがよいという人が全体の45%で一番多いという結果となりました.ちなみに,二番目のシナリオがよいという人はたった 4.9% でした.

このアンケートの結果等も考慮し,麻生総理大臣が最終的に決定した方針が,今回のニュースで報じられた「2005年比で15%という目標」です.

今後の課題

国民のアンケートで一番支持が多かった選択肢と同じものが選らばれたということで (ただし,麻生総理は1%上乗せしていますが),国民の意向に添った決定だったと言えるかもしれません.しかし,温暖化対策として不十分だという主張をおこなう人も数多くいます.実際,温暖化から被害を受けるとすればそれは将来の世代ですから,現在の国民が賛成したからといって,それが将来の世代も考慮した意味で公平な政策とは限りません.特に,現在の世代に自分のことばかりを考える人が多いとしたら,現在の世代が賛成する政策が将来の世代に著しく不利な政策ともなりかねません.

当面の日本の温暖化対策の大きな方針は決まりましたが,温暖化問題は今後も重要な政策課題の一つとなると思います.今年末のCOP15でどのような決定がされるか注目していてください.

2009年6月 3日 (水)

債権法

                                                                   法学部 新田孝二                                       

  日本民法が明治29年に制定されてから今年は114年目に当たる。長い年月、生命を保ってきた。終戦後の昭和22年に大幅に改正された親族、相続は別として、その他は大きな改正はなかったが、財産法の条文の表記を平仮名・口語体にする法改正が平成17年(2005年)4月1日から施行されると、この頃から、民法の一部改正がよく行われるようになった。そして、いよいよ、債権法の改正が目論まれている。

 担当者の一人である前東大教授の内田 貴氏の【いまなぜ『債権法改正』か?】(上)、(下)NBL871,16;872,72によると、まず、今までの規定が抽象的であったのを改めようとしている。民法総則にある「人」は「商人」とはつながるかもしれないが、現代の「消費者」とは大いにずれる。つぎに、当たり前のことは、わざわざ規定しないという今までの行き方を止めるという。今までの方が、条文が少なくて済むが、分かりにくい。例えば、今までの危険負担の規定では、要件である「帰責事由のない履行不能により債務が消滅する」というのは規定されず、しかし、このことは論理的な前提として、対価関係にある相手方の債務の存否について、「(不能となった債務の)債権者の負担に帰する」と規定していた。この規定の帰結そのものも検討の必要があるが、規定の仕方に変えようというのである。

 第三は、改正の在り方である。債権法はとくに、世界に共通の要素を含むものであるから、この点に留意しなければならない。國際取引の分野で成立しているウィーン売買条約は参照されているとのことである。しかし、外にあるものを頂くだけでなく、わが国独自のブランドのあるものを作り上げることが意図されている。しかも、これが、「21世紀の社会の構成原理のあり方」について何らかのメッセージが含むものが意図されている。大仕事ではある。

 平成21年5月8日に別冊NBL/No.126に、民法(債権法)改正検討委員会編『債権法改正の基本方針』が発表されている。前半は、条文の形をとった「基本方針」に「提案要旨」が付けられている。