金融危機と時価会計
教授 隅田一豊
慶応大学、上智大学及び早稲田大学は金融危機の直撃を受け、09年3月末時点において、各々535億円、110億円及び28億円にのぼる金融商品の評価損を計上したことが新聞等で報道されましたね。このニュースは、会計学を学習している学生諸君はもとより、会計にはあまり関心のない諸君にも記憶に新しいところだろうと思います。
これらの有名私立大学が金融商品の運用に失敗し、多額の評価損を計上し、これを広く社会に情報開示することになったのは、学校法人も民間の営利企業と同様に、時価会計のルールを採用しているからです。ここで時価会計というのは、実体が所有している金融資産(例えば、株式や債券など)を取得時の原価ではなく、期末の時価(市場価格)で評価し、取得原価と時価との差額を評価益(原価<時価)又は評価損(原価>時価)として処理する会計ルールをいいます。
このように時価会計は、資産の時価を期末の市場価格で評価することによって、企業価値をできる限り正確に表示し、企業財務の透明性を高めようとするものです。このため、欧米諸国においては、時価会計は、株主や債権者などの情報利用者に対して有用な会計情報を提供する善玉として、積極的に導入がなされてきたのです。
我が国もこうした動向を踏まえて、会計基準の国際的調和化という、いわゆる錦の御旗のもとに、欧米諸国に追従して、金融資産等について時価会計を導入したのです。
ところが、諸君もよく承知しているように、近年における金融危機の影響によって、金融商品は大幅に下落し、企業は巨額の評価損を計上することになったのですね。特に、多額の金融商品を所有する金融機関では、巨額の評価損を計上することが避けられなかったのです。しかも巨額の評価損によって赤字決算が続くと、金融機関の経営の健全性を示す重要な指標である自己資本比率が急速に低下することになります。
かくして、時価会計は、金融危機を加速し、金融不安を増幅する悪玉であると批判され、欧米諸国では、時価会計の見直しを迫られ、その緩和措置が採られることになったのです。すなわち、国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board)や米国の財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board)は、金融機関が金融資産の評価額を独自に決定できる対象を拡大することによって、また金融機関が所有する金融資産の所有目的の変更を認めるなどの緩和措置をとることによって、金融機関が計上する評価損の圧縮を図ってきたのです。
このような時価会計ルールの緩和措置の導入によって、一方では、金融不安を抑える効果が期待されていますが、他方では、財務内容の透明性が薄れ、時価会計に対する不信感が増大しています。さて、学生諸君は、以上のような時価会計の善玉説と悪玉説のいずれに軍配を上げるのでしょうか。大変興味のあるところです。なお、本解説で取り上げなかった減損会計、低価主義、負債の時価評価などの時価会計については、いずれ授業の中で詳述することにしたいと思います。乞うご期待!
