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2009年10月

2009年10月14日 (水)

ITと共に成長する社会:ビジネス、マネー、そして・・・

犬童 健良教授

前口上
IT
の役割と使命は、PCに閉じこもった世界から、ネットにつながり、無線とモバイルに延長されたことによって、その意味を変えました。わずらわしい手間を要する作業から私達を解放し、より付加価値を生みやすい諸活動へと導くものとして。いってみれば、かつて掃除機や洗濯機が、家事労働を軽減したことにそれは似ており、もはや洗濯板と石鹸で衣服を洗う時代に戻ることはなさそうに思えます。本文書は、ITの現実応用に少しでも関心を持ってもらうために、最近、いくつか気になった記事を挙げておこうと思います。また以下の文章は、経営情報論のレポートや定期試験に題材として用いるかもしれませんので、注意深く読んでください。内容は以下の3項目についてです。

  • 流通BMS

  • 電子手形

  • モバイルマネー

なお前述の授業では、クラウド(SaaS)についても執筆するつもりと言いましたが、別の機会に譲ります。

流通BMS

流通サプライチェーンは、商品の製造・流通・販売(製・配・販)にわたって商品(とくに消費財)を消費者に届けるしくみです。たいてい複数の会社を経由しますが、さまざまな業態あるいは商品分野で、少しずつ違ったタイプのメッセージがやりとりされてきました。
企業間の電子的データのやり取りには、これまで共通の仕様がなかったわけではありません。EDIJCA手順)と呼ばれる仕様が1980年から用いられてきました。しかし業態間、あるいは商品分野が違いますと、情報連携がうまくいかず、消費者にメリットを提供する仕組みとして改善すべき点がどうしても残ってしまいます。またその原因のひとつが、情報交換の内容と方式がじゅうぶん標準化されていないことだと指摘されていました。しかし、この問題を個別企業の努力だけで解決することは困難だったのです。
 代替手段としてWebEDIが作られたのですが、これも問題がありました。インターネットを通信インフラに採用して通信速度は向上したが、モデム類などハードウェアの管理が必要で、ソフトウェアも全自動でなく部分的に手動操作が必要とされたり、各社個別の画面になるなど、かえって業務を非効率にしたり現場を混乱させてしまいました。結局、EOSEDIWebEDIといった複数のしくみがすみ分ける状況となり、取引先がたくさんある会社の悩みは減るどころかますばかりでした。
  そのため、経済産業省は2003年度~2005年度の3年間、「流通サプライチェーン全体最適化促進事業」、また2006年度から20092月までは 3ヵ年計画で「流通システム標準化事業」を実施し、新しい標準EDIを「流通ビジネスメッセージ標準」(流通BMS)と名付けて策定を進めることにしたのです。

BMSBusiness Message Standards)は、通信基盤にインターネット(TCP/IPべースの3手順)を使い、業態ごとのメッセージフォーマットを標準化し、セキュリティ対策も含め、統一ルールの下で運用するしくみになっています。以下に流通BMSに採用されている3つの通信手順を簡単に説明します。

  • ebXML MS

     国際標準。アジアでの採用が多い。取引量が多い大企業向き。

  • EDIINT AS2

     EDINTが策定した国際標準。ウォルマートで採用。取引量が多い大企業向き。

  • JX手順(SOAP-RPC

    国際標準に基づく日本独自の通信手順。取引データ量が少ない中小企業向き。

画像情報を含む流通BMSにより、取引業務のスピード化、業務の正確性向上、コスト削減など、多大な効果が期待されます。取引先コードや商品コードには、「共通企業識別コード(GLN)」や「共通商品識別コード(GTIN)」が採用され、取引の国際化に対応しています。またデータ表現形式にはXMLが採用されたことにより、固定長データだったJCA手順では不可能だった豊かな情報を扱えるようになりました。
 またJCA手順では、通信インフラが電話回線でしたので、高々2400bps/9600bpsの通信速度しか得られず、膨大なデータをやり取りしなければならない卸・メーカーや小売店は参ってしまいます。アフリカのある国で,同じデータをアナログモデムで通信すると半日かかるが、伝書鳩にUSBメモリくくりつけて送ったら数倍早かったという笑い話があるそうですが、実は日本で起きた出来事だったという可能性もあります。ブロードバンド環境が整備された現在の日本なのに、そんなことが起きるのは”Shame!”でしょう。
 実運用に向けて、スーパー業界では、他に先駆けて20074月に業界向け流通BMSの基本形が公開されており、その導入に進んでいます。2008年度から順次、百貨店業界、チェーンドラッグストア業界、ホームセンター業界、アパレル・婦人靴業界において取引に必要なメッセージの検討、共同実証研究、仕様公開、実運用に進もうとしています。詳しくはウェブ記事[1][2]をご覧ください。

参考URL
[1]
経済産業省 流通システム標準化事業 http://www.dsri.jp/scmpjt/bms/index.html
[2]
同上流通BMS導入講座 流通システム標準化概説 http://www.dsri.jp/scmpjt/public_info/bms_seminar.html


電子手形

日本経済新聞[3]は、電子手形(電子債権)取引が、11月に始まる予定だが、これに約7000社が参加する見通しと報じた。同紙によると、ホンダ、JFE商事、パナソニックなど主要企業10社は、三菱東京UFJ銀行の子会社を通じて発行される電子手形を、下請け企業への代金支払いに使うための準備を進めているそうである。一方、従来からある手形取引は偽造や盗難などの問題もあって、取引量が激減しているため、中小企業の資金繰りに影響していると同記事は分析している。また参加企業は数万社規模に拡大する可能性が高いと推測されている。翌日に同紙[4]により、信金による導入が報じられ、また13日に積水ハウスによる導入がMSN産経ニュース[5]によって伝えられた。建設業界はすそ野が広いことで有名だが、積水ハウスの場合、利用対象は取引先など約1千社、コスト削減3千万円以上と予想されている。
 信金中央金庫の資料[6]によると、電子手形サービスとは、支払情報(支払金額、支払期日、受取人)を電子化して、従来の企業間信用取引をインターネット上で行う決済サービスである。(なお電子手形は、現物の手形と類似した使い方ができるが、手形法上の手形ではなく、電子記録債権法によって規定されると考えられる。)
 同資料によると、電子手形サービスは、その利用者、提供者、運営者の3者で構成される。利用者である企業(法人・個人事業主)は、電子手形サービスを提供する金融機関を通じて、運営者である電子手形センター(および電子認証局)に申込みすることにより、電子手形サービスを利用することが可能である。
 電子手形の導入は、印紙や領収書の発行量を減らし、取引先による集金や金融機関に行く手間を省く。沖縄実証実験の資料に示された別のメリットは、手形の分割である。従来は親企業、一次下請け、二次下請けと支払いを手形で行う際、手形を二次下請け分まで予め分割しておく必要があったが、電子手形では手形を受け取った側で金額を(一定の範囲で)自由に分割できるので、その手間を省くことができる。そのほか利用側の企業、提供側の金融機関の双方にとってメリットは色々とあるが、とりわけ企業側の「資金調達手段の多様化・迅速化」メリットと金融機関側の「運用手段の多様化」メリットが同資料中では強調されている。ただし平成16年に沖縄で行われた実証実験を通じて、未解決の問題点も多く指摘されていた。例えば

  • 決済の同期性の確保

  • 適切なセキュリティ確保

  • 取引の安全性の確保

  • 管理機関が複数並存することの是非

である。これらの点が、平成20年12月施行の電子記録債権法および今回の一連の電子手形取引導入においてどのように解決されているのかは検討を要するが、日経他の記事からだけでは不明な点がある。筆者は法律の専門家ではないため、判断は控えたい。とくに電子記録債権法では電子債権記録機関(つまり電子手形サービスの運営者)の「兼業の禁止」(第57条)が規定されている[7]。「電子債権記録機関は、電子債権記録業及びこれに附帯する業務のほか、他の業務を営むことができない。」 

 また、せっかく現金化が面倒な手形での支払いが減り、キャッシュで支払ってくれるようになってきたのに、電子手形に置き換えられていくことを不安視する声もネット上で見かける。その辺りの不安を解消する説明はとうぜん下請け企業に対して行われているとは思うが、注意しておくべきことであろう。

参考URL
[3]
日本経済新聞 2009年10月11日朝刊 電子手形に7000社参加へ
(日経ネットの電子版)https://docs.google.com/Doc?docid=0AXrb7VXSEqN-ZGRuenBidHZfMjczamJkOXM4ZG0&hl=en
[4]
日本経済新聞 2009年10月12日 電子手形、地銀も参加へ
(日経ネットの電子版)http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20091012AT2C1100211102009.html
[5] MSN
 産経ニュース 積水ハウスが来年2月から電子手形取引を導入 2009.10.13
https://docs.google.com/Doc?docid=0AXrb7VXSEqN-ZGRuenBidHZfMjczamJkOXM4ZG0&hl=en
[6]
信金中央金庫 電子手形サービスの概要と沖縄実証実験について http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/dai2/siryou/20060921/02-01.pdf
[7]
電子記録債権法条文 http://law.e-gov.go.jp/announce/H19HO102.html

モバイルマネー

電気通信事業者協会の統計[8]によると、携帯電話の契約数は、20099月で109,633,800件である。日本の総人口は、統計局によると同年9月概算で12754万人である[9]。単純に割り算すると、86%程度の普及率である。
  一方、Economist[10]によると、アフリカでも、10人に4人が携帯電話を所有しているが、世界で最も貧しい人々に経済力を与えるツールになりつつあるという。こうした国では、悪路や遅い郵便網のおかげで情報伝達が遅滞しがちだが、そのことが経済成長に直接的なダメージを与えているのだという。同記事は世界銀行の調査を引用して、携帯電話保有率が10%増加することによって、GDP(国内総生産)が0.8ポイント上昇するという趣旨の指摘をする。「携帯電話は全世界で40億台以上使われており、その4分の3は発展途上国向けだ。」

一方、日本の携帯電話は高機能すぎて値段が高く、通信方式が国際標準でないため、そのシェアを奪うことが困難である。いわゆる「ガラパゴス化」しているというのは、とりたててこの英国の権威ある雑誌に諭されるまでもなく、(実際に同記事には日本のケータイがどうのこうのという話はいっさい触れていないが、)業界人にとってすでに耳タコであろう。
 記事[10]の続きは次のように翻案できる。街角の商店で、プリペイド式携帯電話の通話料金をチャージしている。こうして新たなビジネスチャンスが必然的に生まれた。「モバイルマネー」である。そんなインフラの悪い地域に、銀行が支店を出すことは大きなリスクを伴うだろう。かといって自分で運んだり、人に預けたりするのも危ない。しかし現金をモバイルマネーの口座に預けるのは簡単だ。ケニアの「M-PESA」がその成功例である。

日本でいえば、コンビニでATMを使うのと、やや似ているところがあるけれど、モバイルとの連携がより密接である。ところでプリペイド方式のケータイが、なぜ途上国では、わざわざモバイル「マネー」と呼ばれるのか。それは前出の電子手形が手形と呼ばれ、たんなる代金引換証ではないのと似ている。それは人から人に譲渡でき、かつ現金の役割を果たすのである。他のモバイルユーザーに送金でき、相手はコード付きのテキストメッセージを受信すれば(口座があってもなくても)商店で現金を引き出すことができる。逆にスイカやエディにチャージした金額や飛行機を使ってためたマイレージポイントは、他人に送金する使い方をしない限り、有価証券ないし債権である。

 アフリカやアジアやその他の貧困国にモバイルマネーが広がると、影響ははかりしれない。「ケニアのM-PESA利用者の世帯所得は、モバイルバンキングを始めてから、最大30%増えた」とかいった、かつて耳にしたデジタルデバイドを思い起こさせる統計が引き合いに出される。物理的に余計な移動をしなくてよくなったから、その分、お金の儲かる仕事に時間を割けるのだという、尤もらしい説明までつけられている。ただし、少額融資のしくみが、最貧困層にとって致命的な状態に陥るのを救う役割があるというのは、近年、いろいろな人がいろいろなところで主張するに至っているので、モバイルマネーの場合も、なるほどそうであろうかと考えさせられてしまう。 

 「たとえ小額でも、いざという時に頼れる貯蓄があれば、医療などの予期せぬ出費があっても、牛を売ったり子供に学校を辞めさせたりせずに対応できる。・・・中略・・・モルディブでは、2004年の津波で大勢が蓄えを失った。同国は全国民を対象とするモバイルバンキングを2010年に導入することを目指している。」([10]より引用)

 金融派生商品は、ITを活用する新金融技術のかたまりであり、同時に金銭欲のかたまりでもある。それが世界的な金融危機のきっかけになったおかげで、それ自体、悪者あつかいされがちだ。同じITの金融応用でもモバイルマネーの場合、弱者の味方というわけである。もしそうならもっと広く普及してよいだろうという道義がたつ。一方、その成長を妨げる銀行と規制当局は悪者扱いだ。銀行にとって携帯電話事業者がライバルになるとか、モバイルマネーが詐欺や資金洗浄に悪用されることを規制当局が懸念すると同記事は指摘する。

 しかし、逆説的ではあるが、銀行がライバルになったり、資金洗浄に悪用されたりするほど大金が安心して隠せるようになるのは、モバイルマネーが人々をある程度豊かにした後ではないかと思われる。実際、一部の銀行は携帯電話事業者と提携してモバイルマネー事業を進めるようになったという。アフリカ最大の携帯電話事業者MTNは、スタンダード銀行と共同でウガンダでのサービス進出を足がかり、アフリカ全土への展開を目指しているそうである。

 というわけで、エコノミスト誌の記者はビジネスチャンスを強く訴えて記事を締めくくります。最初に述べましたように、個人的には日本のケータイには大変お世話になっています。ガラパゴス化を嘆いたところでしかたありませんが、モバイルマネーが必要なのは後進国ばかりではないかもしれません。

参考URL
[8]
電気通信事業者協会 http://www.tca.or.jp/database/download.html
[9]
統計局ホームページ 人口推計 http://www.stat.go.jp/data/jinsui/tsuki/index.htm
[10]
英 エコノミスト誌 2009926日 通信産業:モバイルマネーの威力 (JBPressによる訳)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1826


以上

2009年10月 7日 (水)

雇用対策に関する視点

雇用対策に関する視点

経済学部 講師 俵 典和

<時間が無い場合は、最後の段落だけでも読んでください>

 雇用に関する問題は現在ホットである。大学の授業でも、採用、失業、雇用に感する話をすると、学生の顔つきが変わることがよくある。今回、紹介したいデータは、マンキュー(ハーヴァード大学経済学部教授)の入門経済学第5 版の「失業」の章のコラムで紹介されている各国の失業給付金に関する比較である。数字は、離職前の賃金に対する比率(リプレイスメント比率と呼ばれる)である。[なお、これらは制度上の数字ではなく、現実の比率を、異なる属性間(例えば、失業前賃金、失業期間、家族の形態など)で平均したものである。出所は、OECDの報告書である。]

日本 8%

米国 14

ドイツ 29

フィンランド 36

フランス 39

デンマーク 50

オランダ 53

 欧州諸国の高い失業給付水準に対しては、「これでは真面目に失業者は求職活動をしなくなる、だからこそ大陸諸国では高失業なのではないか」という意見は頻繁に聞かれる。しかしながら、よくデータを見てみると、大陸諸国(フランス、ドイツなど)の失業は高水準であるが、北欧諸国(デンマークなど)の失業率は、1990 年代前半の金融危機の時期を除けば決して高くはない。雇用者一人当たりの生産性を比較してみると、欧州諸国は、米国と比較し大きいことは、頻繁に指摘されることでもある。わが国の低い失業給付水準の妥当性は、きちんと学術的に検討してみる必要はあるかと思う。実は、失業給付の経済への影響や、その最適な水準や制度設計のついては、古くは、ベイリーによる失業保険の最適性の検証方法に関する論文があり、近年でも、ワーニング、シャイマー、チェティら、超スーパースター経済学者による研究が生まれている。

 それでは、失業給付を増やすことには、どのような影響があるのだろうか?言うまでもなく、まず、求職者に悪いインセンティブを与えてしまうことである。つまり安心して真面目に求職活動をしなくなるから、失業期間が長期化してしまう可能性があることである。しかし、これは、失業保険の唯一の論点ではない。そもそもの目的は、失業時の所得保障という通常の保険機能による厚生の改善であろう。しかもこの保険機能による厚生改善は、雇用が安定している正規社員よりも、不安定な非正規社員の方がはるかに大きいと考えられるので、全ての労働者に失業保険(わが国では制度上は雇用保険と呼ばれる)を適用させる民主党の政策は妥当である可能性が高い。主に正規社員が失業保険でカバーされている状態を前提とした議論の再考は必要であろう。非正規社員にまで失業保険制度を拡充すれば、これまで以上に、失業保険の保険機能を重視して、失業給付のリプレイスメント比率水準を考える必要があるかもしれない。

 他にも重要な論点が存在する。まず、失業給付の、労働生産性改善効果そして、新卒市場以外の労働市場がより厚みを持ってくることである。失業給付が増えたから、安心して失業の危険を冒してまでも転職しよう、という労働者が増えて、仕事と労働者とのマッチの改善にともなう生産性の改善が理論的には期待される。しかしながら、わが国の雇用慣行、価値観を前提とすれば、仮に失業給付金が増額されたとしても、失業によるコスト(雇用機会の大幅な削減)はあまりにも甚大であれば、こうした期待は非現実的な可能性もあるので、注意が必要であろう。

 それから、失業給付が求職者に与えるマイナスのインセンティブに関してだが、これは工夫することにより、対応ができる可能性がある。理論的には、毎月の失業給付額を、失業期間にどのように依存させるか、という制度設計(メカニズム・デザイン)の研究が盛んである。直感的には、失業期間が長いほど、失業給付額を減少させるという風にすれば、ある程度インセンティブの問題を和らげることが出来るのではと考えられる。ホッペンハインとニコリニによる有名な研究では、そうした性質を最適失業保険が有することが指摘されている。

 最後に、しばしば引用されるモフィットやマイヤーによる研究では、失業給付額の増額は、失業期間を増やすことが知られている。伝統的な解釈は、失業者が真面目に求職活動をしなくなるというモラル・ハザードの存在である。しかしながら、よく考えてみれば、これは唯一可能な解釈ではない。そもそも求職活動にはおカネがかかる。十分な流動資産(現金や預金)が無ければ、有効な求職活動はできない。極端な表現だが、ホームレスの状態で、食事も入浴もせずに、真面目に求職活動をしたところで、面接すら受けられないであろう。流動資産が底をつけば、求職活動は停止せざるを得ない。あまりにも当たり前の事実であるが、先ほどの失業給付水準と失業期間とのプラスの関係は、このような流動性制約の問題として解釈することも可能であることに着目したのが、最近カリフォルニア大学バークレー校からハーヴァード大学に引き抜かれたチェティによる重要な研究である。モラル・ハザードなのか流動性制約なのか、という2つの異なる解釈のどちらがどの程度妥当しているかの検証は、極めて重要である。もしモラル・ハザードが重要であるならば、現在の失業給付水準は過大であり、流動性の問題が重要であるならば、失業給付水準は増やすのが望ましい、ということになる。チェティは、これを検証する非常に簡便な方法を考案した。彼によると、米国における望ましい失業給付の失業前賃金に対する比率(リプレイスメント比率)は50%程度だという。つまり、現在の水準は、あまりにも過少だと示唆している。同じ問題意識で、異なった方法を考案したシャイマーとワーニングの最近の研究では、最適リプレイスメント比率は、50%よりはかなり小さいそうだ。

 最後に最近の学生の就職活動について一言申し上げたい。私のゼミでも、就職の決まった4 年生と、まだ活動中の4 年生が若干いる。内定をもらった学生の中には、「もう何もやる気しないな」と気の抜けた感じの学生もいる一方で、必死に今でも活動を続ける学生も少数ではあるけどいる。是非、多くの方々に、齋藤孝氏の「<貧乏>のススメ」という本を読んでいただきたい。私は、内定をもらって気が抜けてしまっている学生の将来は、案外危険であるような感じもする。別に10 年、20 年の雇用の絶対的な保証をもらった訳ではない。どんな人にでも、失業するリスクはある。整理解雇とは限らない。病気、冤罪、いろいろリスクはある。困難にぶつかったとき、生きていけるのだろうか。それよりも、今必死に就職活動を頑張り続けている4 年生は、哀れむ人々もいらっしゃるだろうが、実は意外に将来は明るいのではないだろうか。私にはそんな感じがする。同じように思う社会人は、私だけではないと思う。

2009年10月 1日 (木)

合同会社制度の利用状況

合同会社制度の利用状況

法学部教授 吉井 溥

  合同会社は、平成1851日に施行された会社法によって創設された新しい会社類型である。会社法は、それまでの合名会社、合資会社に加えて、新たに合同会社制度を設け、三社を合わせて持分会社とした。合同会社の名称については、条文化作業の段階になって、合名会社および合資会社と同じ規律が適用される持分会社の一つである点を考慮して、「合」で始まり「会社」で終わる名称を考え、「同」の文字が選ばれたと説明されている。合同会社の社員は外部関係では社員全員がその出資を限度とする有限責任のみを負う。内部関係については、民法上の組合と同様の規律すなわち原則として社員全員の一致で定款変更その他会社のあり方の決定が行われ、各社員が自ら会社業務の執行に当たるという規律が適用される。すべての社員が有限責任という点では、合同会社は株式会社と同様であるが、株式会社では内部関係の規律が強行規定性をもち、株主総会や取締役等の機関が必置とされ、株主の権利内容も原則として平等原則が適用される。合同会社では広く契約自由の原則による設計が認められ、定款自治に委ねられており、設立の手続が簡単で配当に関しても定款の定めにより知恵やノウハウにより会社の利益増収に貢献した社員に有利な利益配当をすることもできる。

  アメリカにおいて、1977年ワイオミング州が企業誘致のため有限責任会社(limited liability company:LLC)制度を法制化した。LLCは当初あまり利用されなかったが、1996年、連邦税に関し、チェック・ザ・ボックス規制(check-the-box-regulation)が導入され、コーポレーションそのものを課税主体とする事業体課税をとるか、構成員課税をとるかの選択権が納税者側に与えられた。後者を選択すると構成員のみ課税の対象とされ、企業自体は課税主体でなくなる(パス・スルー課税)。これを契機にLLCは爆発的に利用されるようになり、今ではアメリカ全州がこの制度を採用し、最近10年間で約80万社が設立された。合同会社はこれにならったものであり、日本版LLCと呼ばれることもある。

  近年わが国でもハイリスク・ハイリターン型のベンチャー企業が増大していく中で、企業の競争力の源が物的資源から人的資源に移りつつある。この傾向の下で、起業を効率よく行うための一つの方法として日本版LLC制度の採用方が経団連をはじめとして各方面から要望されるようになった。そして、税務上の取り扱いについても経済界はアメリカと同様のパス・スルー課税の導入を望んだが、税務当局から法人格がある以上LLCには法人税を適用する予定との見解が示された。ところで、経済産業省では平成1511月に産業組織課が「人的資源を活用する新しい組織形態に関する提案―日本版LLC制度の創設に向けて」とする報告書により合同会社制度の新設を提案していた。しかし、上記国税当局の見解によれば合同会社では法人税と出資者への課税という二重課税になるとして、同省は、急きょ有限責任事業組合制度に関する研究会を立ち上げ、その取りまとめを踏まえて、民法上の組合制度の特例として有限責任事業組合制度の創設を立案した。これは最近のイギリスにみられる有限責任組合(limited liability partnership:LLP2000年に制度化され、約3年間で1万社にのぼる利用があったと報告されている)をモデルとしたものである。平成17年「有限責任事業組合契約に関する法律」として成立し、合同会社より早く、同年8月1日に施行された。

  法務省所管のLLCと経済産業省所管のLLPはいずれも内部規律は契約自由の原則による組合であり、対外的に構成員の責任は有限責任とされる点で制度的に極めて類似したものであって、縦割り行政の悪い側面が現われた例といえるとの指摘もみられる。両者の主な相違点は、LLCは法人自体に課税され、かつ構成員にも配当課税がなされるが、LLPは課税は組合員に対してのみなされるということである。

  企業活動に対する規制は、産業政策は経済産業省、金融商品取引法は内閣府・金融庁、会社法は法務省、税法は財務省・国税庁の管轄である。相互の整合性ある規律が要求される。

  実務上、LLCLLPのいずれを選ぶのが適切かについては、さまざまな点を比較してその長短が検討されるが、LLPには法人課税がない点はかなりの魅力になるといわれる。その選択の現状はどうであろうか。

  有限責任組合は法人ではないが、事務所の所在地を管轄する法務局で登記をすることを必要とする。ただし、会社と異なり成立要件ではなく、LLP契約の効力発生後2週間以内に登記することを要するとされる(違反すると100万円以下の過料)。したがって、その数は正確に把握される。経済産業省が平成216月に公表したところによると、平成2012月末の組合契約の延べ数は3,405件である。同省政策局産業組織課に電話で問い合わせたが、それ以後の数は9月末の時点ではまだ掌握していないとのことであった。

  合同会社の利用状況はどうか。公表された最近のものがないので、担当の法務省司法法制部民事統計課に電話で問い合わせたところ、平成217月末現在で合同会社総数は約17,000社である。因みに合名会社約18000社、合資会社約84,000社。株式会社約3,240,000社(うち特例有限会社約1,800,000社、特例有限会社については、本eSqaureニュース解説(07/12/05)掲載の吉井解説「有限会社はどうなっているか」を参照されたい)である。

  なお、合同会社の中には、平成203月末現在、資本金10億円以上の大会社が2社、資本金1億円以上10億円未満のものが44社ある(法務省司法法制部「組織別・資本別法人数」)。大企業は数多くの子会社を擁しているが、その子会社が特例有限会社という場合が少なくない(国税庁の財務統計(平成17年分)によれば、有限会社でも資本金10億円以上のものが38社、1億円以上10億円未満のものが891社も存在する)。特例有限会社は大会社(会社法26号)であっても会計監査人の設置が義務づけられないからである。新会社法の下では、有限会社の新設はありえず、子会社を合同会社とすれば、資本金が大会社に該当しても会計監査人の設置義務は免れる。その意図で子会社を合同会社とした例も見受けられる。このような合同会社制度の利用もありうるのかと、制度利用の実務にはまことに興味深いものがある。