デフレ経済とハーシーズの解決法‐あるいはマイナスのハロー効果と一薫一蕕‐
経済学部 黒田哲彦 教授
つい最近まで世界に冠たる経済大国として内外から脚光を浴びていたこの国は、今や一転、消費低迷と物価下落のデフレ経済に呻吟している。こうした中、止めどない価格 (切り下げ)圧力と競争圧力にさらされ、対応に苦慮している日本企業は少なくない。
かつて米国のハーシー・フーズ(Hershey Foods Corp.)社は、カカオ豆の価格上昇に際し、板チョコを小さくして危機を乗り切ったことがあるが、このような製品小型化による対応方法は、後に同社のチョコレート・ブランドであるハーシーズの名を冠して「ハーシーズの解決法」と呼ばれるようになった。激しい競争圧力の中にあって、原料高騰を理由にチョコレートの値上げはできず、かといって他に有効な選択肢が見あたらない、という状況の中でとられた苦肉の策である。
さて近頃わが国の企業でも、たとえば、「1割増量」の場合には特筆大書するにもかかわらず、実質値上げの「1割減量」等の場合には、前段の「解決法」に倣ってか、だんまりを決め込む企業が増えている。だが、こうした価格据え置きのままの製品小型・少量化、あるいは小型新容器への変更等でカムフラージュした実質値上げの新価格設定は、その値上げの事実を何らかの形で分かりやすく明示し、かつまたそれ以外にとるべき手段が見出せない場合にのみ許されるのである。
最近の風潮にみられるように、実質値上げについて故意に触れず、安易にこの手法を乱用すると、それは自社に致命傷を負わせる諸刃の剣になることを、企業は果たして認識しているだろうか。というのも、このような顧客・消費者に無告知の巧妙な値上げは、対外的には信用の失墜、対内的には弊風の跋扈という事態を招きかねないからである。
一たびこうした方法に頼ると、それに気づいた買い手、とくにリピート顧客・消費者の間にはその企業に対するマイナスのハロー(光背・後光)効果が生じ、その企業イメージとブランドは大きく傷つくうえに、不信の念は当該企業のすべての商品にまで波及するに違いない。
さらにまた、不正直で不誠実なこの対応方法は、やがて組織成員、企業文化・風土等にも影響を及ぼさずにはおかないだろう。その結果、企業全体が一薫一蕕(香りのよい草と悪臭を放つ草を一緒におくと、よい香りは消えて悪臭のみが残る、すなわち善事よりも悪事がはびこりやすい)の弊に陥り、困ったときには顧客・消費者に分からないように、こっそり誤魔化せばよいという悪風を醸成することになりかねない。
「1日だけの商売をしたければ安売りを、1週間だけの商売をしたければ広告宣伝を、末永く商売をしたければ正直に」 という箴言があるが、至言というべきだろう。
