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2010年1月

2010年1月20日 (水)

事業仕分けとスポーツ・大学体育

天野勝弘 准教授

 はじめに:前半部分は飛ばしても構いません。後半部分を述べる理由作り部分ですので。その意味で、タイトルもややこじつけです。

 昨年行われた政府の事業仕分けで、スポーツ関連について話題を呼んだのは、仕分け人から「五輪は参加することに意義があるのではないか」「ボブスレーなどマイナーな冬季競技を支援する必要があるのか」などというマイナースポーツ切り捨て論が出たことである。これらを理由として、結局32億円あまりの日本オリンピック委員会への補助金が削減された。これに対して、マイナースポーツ関係者からは一斉に批判の声が上がった。とりわけ、北京五輪のフェンシング競技で銀メダルを獲得した太田雄貴は、「強化と普及」、「マイナースポーツの現状」という観点から異論を唱えた。

 スポーツの経済性は、近代化の過程の中で、スポーツの有する勝・敗という2次元コードが商業化され、それをとりまくスポーツ経済社会ができあがったことを考えれば、なりたつ議論である(競技スポーツ)。かつて、女子プロゴルファーの上田桃子が、テレビ番組で「先のないスポーツ」発言をして物議を醸したことがある。彼女がゴルフを始めた動機は、ゴルフでお金を稼ぐことにあった(障害のある姉がいるためと説明)。その意味で、プロとよべる世界がない、あるいはあったとしても十分でない「先のないスポーツ」を、友達が一生懸命していることがわからなかったというのである。当然のことながら、名指しされたスポーツ団体を始め様々なところから批判が寄せられた。その後上田は「私にとっての先のないスポーツ」という意味であると釈明するとともに、彼女の発言で傷ついた方々にお詫びするとの謝罪コメントを発表している。

しかしながら、そもそもスポーツは、本来的意味では遊技であり(レクレーショナル・スポーツ)、経済的効率性とはなじまないものである。音楽や他の芸術と同じように、生きていきためには不可欠かと問われれば、NOと言わざるを得ない。大学で行われているクラブ活動も、社会の注目を集めている一部のスポーツを除けば、レクレーショナル・スポーツである。大学時代にかなりの成績を残したとしても、卒業後にその競技で食べていかれる人はほんの一握りである。生きることすら不安な経済情勢にあっては、そうした遊びは切り捨てられる方向にある。そこで、そんなことを大学時代に真剣にやる意味があるのかという意見は多い。そもそも、教育(大学)も経済性とは縁遠いところにあるが、今日では大学にも求められている。これまで、あまりにも効率と言うことを考えてこなかった“つけ”が回ってきているということは認めるが、事業仕分けに代表されるような、経済効率性一辺倒の考えはとても容認でるものではない。

 ひとりの女子学生が私のところに質問にきた。その授業では、期末にレポートを提出させている。課題は「自分のためのトレーニング・メニューを作る」というものである。まず、トレーニングの目的をはっきりさせ、その目的実現のための具体的内容と根拠を示さなければならない。

彼女が作ろうとしているメニューは(水)泳力を養うもので、フィン(足ヒレ)をつけて300mの距離を目標タイム以内で泳ぐためのものであった。現在、彼女は、後半バテてしまうことが原因で、そのタイムをクリアできないという。では、なぜそのような泳力が必要なのか、それはスキューバ・ダイバーの初級の資格を取得するためである。ではなぜその資格なのか。

彼女は小さい頃から(たぶん小学生)、両親に連れられて、毎年沖縄の離島に遊びに行っていたそうだ。そこで目にし、知ったことは、きれいなサンゴ礁が年々失われていく光景であった。今、彼女はサンゴ礁を守ろうと考えている。そうした仕事(まだ具体的ではないようだが)に就きたいと考えている。

サンゴ礁消滅の危機は、人間の出す生活排水だったり、開発による海への土砂の流入だったりする。人間が生きていく、生活していく上では仕方ない部分もある。彼女もこのことを認めている。しかし、両者の折り合いをつける線や方法が必ずあると信じている。また、それを見つけたいと願っている。

彼女がその仕事に就くためには、サンゴを直接調査できなければならない(と彼女は考えている)。そこで、先のスキューバ・ダイバー初級の資格を今(1年生で)とりたいのだという。

人間とサンゴとの折り合いをつけるということは、経済的効率性という視点も含まれるだろう。しかし、彼女が抱いた夢は、そんなところからは生まれていない。

彼女は、子どもの頃に出会ったかけがえのないものを守りたいという夢を抱いて、その実現に向けて、今できることをしている。

事業仕分けや経済的効率性からは決して生まれない、このような行動があるということを、いつまでも忘れないでいたい。

2010年1月19日 (火)

エコカーと技術開発

経済学部 間普崇 講師

 最近は、エコカーに関する話題に接する機会が増えている。エコカーとは、排気ガスが少なく燃費のよい環境性能に優れた車のことをいうが、エコカーに対する減税や補助金の制度が運用されていることもあり、各自動車メーカーがいかにエコカーに力を注いでいるかはテレビCMを見てもよくわかる。街中でも、トヨタ・プリウスやホンダ・インサイトといったガソリンエンジンと電気モーターを搭載したハイブリッド車をよく見かけるようになった。

 自動車メーカーが環境性能のよいエコカーを生み出すには、新しい技術(例えば、効率のよい電気モーター・システム)が必要とされるが、自動車メーカーに限らず多くの製造業企業は、技術開発を実現するための研究開発活動に取り組んでいる。企業の研究開発活動は、これまでになかった新しい技術を発明することを主な目標としているため、一般的に技術開発を実現するまでに長い期間(数年~十数年)がかかるものである。初代プリウスは、90年代初めから開発がスタートされ、量産体制を確立して販売が開始されたのは1997年であった。

 会計の視点からいうと、企業の研究開発活動への取り組みは「研究開発費」という費用支出の金額によって知ることができる。企業の「研究開発費」は、その企業がどれだけ将来のために投資しているかを表しているといえる。なぜなら、先に述べたように技術開発の実現には長い期間がかかるため、現在の「研究開発費」が企業に収益をもたらすのは数年(あるいは十数年)後になるためである。

「研究開発費」の金額を短期的な視点(その年限りの見方)で見ると、その金額が少ない方が、その金額分だけ利益が大きくなるのでよいと判断できる。ただし、長期的に見た場合には、「研究開発費」という将来への投資を全くおこなわない企業が、近い将来に競争力を失って利益を獲得できなくなるであろうことは容易に想像できよう。「短期の視点」と「長期の視点」という見方の違いを理解し、これらを適切にバランスさせることが重要なことである。

学生の皆さんには、物事を複眼的に見ることと、将来のための今やるべき努力を粘り強く続けていくことを期待しています。

2010年1月14日 (木)

普天間基地移設問題と八ツ場ダム問題――NIMBYが問いかけるもの

経済学部 松林 秀樹 講師

 普天間基地の移設問題と八ツ場ダムの問題。

 一見すると、昨年の後半から話題になっているということ、および民主党政権の今後の対応に注目されるということ以外に、特に共通点はない問題のように思えるかもしれない。しかし、この2つの問題には、共通して考えるべきテーマが隠されている。

 まずは、それぞれの経緯を簡単に見ておこう。

 普天間基地は、太平洋戦争における沖縄戦のさなかに、アメリカ軍によって占領された現在の宜野湾市に飛行場が建設されたことに端を発する。その飛行場は終戦後も維持され、1950年代以降、アメリカ陸軍(現在は海兵隊)の基地として整備されていった。その後、1995年にアメリカ兵が日本人女性に対する暴行事件を起こし、沖縄全体で基地反対・返還運動が起こったこと、および2004年に普天間基地のヘリコプターが近隣に墜落する事故があったことなどをきっかけとして、辺野古崎沿岸部への移設が日米間で合意された。しかし現在の民主党政権は、日米合意の再検討を示唆し、今年の5月まで結論は先送りされたままになっている。

 八ツ場ダムは、1947年のカスリーン台風による大きな被害を教訓として、利根川の上流にダムを築いて下流域の洪水被害の軽減を図るために1949年に計画されたダムである。計画当初はそうした治水面のほか、人口の増加が予想される首都圏の水源(利水)としての役割も期待された。その後、支流から強酸性の水が流れ込んでいることから計画は一時中断されたが、水質改善策が功を奏したことにより、1967年に現在の場所にダムを作る計画が決定された。その直後から水没する地域を中心としたダム建設反対運動が起こり、行政と住民の対立が続いていたが、その転機となったのが、1973年に制定された「水源地域対策特別措置法」および1980年に行政より提出された「生活再建計画」であった。これらに基づき、行政と地元住民の話し合いが行われ、1992年に「八ツ場ダム建設事業に係る基本協定書」および「用地補償調査に関する協定書」が締結されたことにより、ダム建設が前進することになった。しかし、近年の公共事業の見直し論や、昨年夏の衆議院選挙によって政権党となった民主党がマニフェストのなかで八ツ場ダム建設中止をうたっていたことから、予算規模も含めてダム建設の是非が問われるようになっている。

 この2つの「問題」から、はたして何が見えてくるのか。

 ここで、サブタイトルに挙げた“NIMBY”という概念が登場してくる。NIMBYとは“Not In My Back Yard”という言葉の頭文字をとったもので、直訳すれば「裏庭はやめてくれ」ということになる。その意味するところは「(基地やダムなどの)施設が必要で、どこかになければならない、というのは分かる。でも、作るとしても自分のところはやめてくれ」という考え方である。

NIMBYという概念は、原子力発電所、産業廃棄物の処理場、火葬場など、一般的には「迷惑施設」と呼ばれるものが建設されようとする場合に登場してくる。上記の通り、そういった施設がなければいろいろと問題が発生することは分かるが、だからといって何も自分のところでなくてもいいだろう、という考え方のことだ。一般的にはダムを迷惑施設に分類することはないが、「なぜ他の地域の生活・産業のために自分のところが水没しなければならない?」という疑問は、NIMBYとして分類することができるだろう。こうした考え方は、「総論賛成、各論反対」という言葉でも表現される。

アメリカ軍の基地は、(良いか悪いか、およびその存廃をめぐる議論はひとまずおいて)戦後日本の安全保障体制を支えてきたものであり、(現状では)どこかになければならない。ダムにしても、電力供給という側面も含めて、まったくいらないというものではない。つまり、どこかで誰かが不利益を被る必要が出てくるのである。

実は、こうした状況はこの2つの事例に限った話ではない。極端にいえば、戦後日本のありとあらゆる地域で起こり、戦後日本の政治・政策・公共事業の「問題」を通底している。以前は、NIMBYのような考え方は「地域エゴ」といわれることもあった。つまり、迷惑施設の建設反対運動をしている地域住民に対して、「それ(施設)がなかったら、多くの人が困ることが分かるのに反対するのか?」という目で(他の地域から)見られることがあった。

しかし、政治・政策・公共事業というものはすべての人に「幸福」をもたらすために行われている、という理念的な前提に立てば、「多数の幸福のために少数を犠牲する」ことは許されることではないだろう。はたして、こうした政治・政策・公共事業の問題は、どうすれば「最善」の策を見出すことができるのか。どうすれば不幸な人を生み出さずに「社会の要求」を満たすことができるのか。

もちろん、基地やダムというのはどこにでもあるものではない。迷惑施設にしても、頻繁に建設されるものではないし、さほどの数を必要とするものでもない。普天間基地や八ツ場ダムの問題は、多くの人にとって無関係・無関心なものとなっているだろう。しかし、その現場にいる人にとっては“My Back Yard”に現れた、抜き差しならない問題となっている。そして、現在は無関係・無関心である人でも、ある日突然、同じような状況に置かれる可能性は十分にある。

普天間基地と八ツ場ダム。この2つが提起する「古くて新しい問題」を、ぜひとも多くの人に考えてもらいたいと思う。