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2010年5月

2010年5月27日 (木)

欧州チャンピオンズリーグFINAL ― 山口 重信講師

 サッカーの欧州チャンピオンズリーグ(CL)は22日、決勝を行い、インテル(イタリア)がバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)に2―0で勝利し、45年ぶりの欧州制覇を果たした。インテルは国内リーグ(セリエA)・イタリア杯を制覇し、バイエルンも国内リーグ(ブンデスリーガ)・ドイツ杯を今年度制覇した。共に3冠がかかった大一番であったがインテルがセリエAクラブ史上初の3冠を達成した。

 インテルを率いるモウリーニョ監督は、バイエルンのファンハール監督がバルセロナ(スペイン)を率いた1997年から2000年までアシスタントコーチとして同じベンチに座った。いわゆる「師弟対決」であること。決勝が行われたスペインのマドリードにあるサンティアゴ・ベルナベウスタジアムはリーガ・エスパニョーラに所属するレアル・マドリードの本拠地であり、現在インテルの背番号10スナイデル、バイエルンの背番号10ロッベンが昨シーズンまでプレーしていた場所であり、戦術・勝敗以外にも決勝がこのような対戦になったことに興味深さと人間模様を感じる。

 スナイデル(インテル)、ロッペン(バイエルン)の2人はともにオランダ代表選手。そう来月から始まるワールドカップで日本(SAMURAI BLUE)は予選リーグでオランダと対決するのだ。マスメディアからは日本代表の闘いに対し、連日さまざま報道されているが、結果は後からついてくるもの。日本代表が今まで積み重ねてきたものを信じ応援したい。 「人間万事塞翁が馬」、まったく禍福というのは予測できないものである。

2010年5月20日 (木)

見せたい番組・見せたくない番組・見てもらいたい番組 ― 田島 祥講師

 5月14日に、日本PTA全国協議会が「子どもとメディアに関する意識調査」の結果を発表しました。小学5年生、中学2年生及びその保護者に対して実施されたこの調査では、「子どもに見せたくない番組」の結果がメディアに取り上げられる項目として有名です。上位に入る番組は毎年ほとんど変化はなく、「内容がばかばかしい」「言葉が乱暴である」といった理由から保護者に敬遠されていることがわかります。

 メディアに取り上げられるのは「子どもに見せたくない番組」が多いですが、この調査では「子どもに見せたい番組」についても質問されています。平成21年度は「世界一受けたい授業(小・中学生)」「Qさま!! (小・中学生)」「ダーウィンが来た!(小学生)」「天才!志村どうぶつ園(小学生)」「週間こどもニュース(小学生)」「プロフェッショナル 仕事流儀(中学生)」「JIN-仁-(中学生)」が上位に挙がっていました。「知識が豊富になる、学習の助けになる」「役に立つ」「面白い」「家族だんらんの時間が持てる」等が、保護者から好まれる理由のようです。特に前者2つは、“番組からの学び”を期待しているのだと考えることができます。

 テレビ番組の影響については、一般に悪影響が懸念されることが多いですが、テレビ視聴がもたらす良い影響についても研究が進められています。これまでに分かっている知見として、①全般的なテレビ視聴は、子どもの知能や学力、創造性や想像力を低めることが示唆されているものの、その影響は番組の内容によって異なること、②暴力的な番組の視聴が多いほど、子どもの学力や創造性が低くなること、③教育番組は子どもの認知能力を高める効果があること、などが挙げられます。これらの研究は子どもを対象にしたものであるため、大学生や成人への影響とは異なる可能性があることや、欧米の研究が中心で、日本の番組を対象とした研究は少ないことなどをふまえておく必要がありますが、教育的な番組は、視聴者に良い影響をもたらす可能性があると考えることができます。

 教育的な番組としては、NHKによる教育番組が真っ先に頭に浮かびますが、最近では民放局によるバラエティ番組でも、知的な内容を豊富に含んだ番組が多くみられます。楽しみながら様々な知識を得ることができる番組が多く提供されていることは、“番組からの学び”という保護者の期待に応える上でも、とても良い流れだといえます。

 最後になりますが、民放連が発表している「青少年に見てもらいたい番組」をご存知でしょうか。毎年春と秋の2回、「青少年の知識や理解力を高め、情操を豊かにする番組を各放送事業者は少なくとも週3時間放送する」という民放連の取り組みに基づいて、各放送局が指定した番組の一覧です。上述の「子どもに見せたくない番組」「子どもに見せたい番組」に比べて、ほとんどメディアには取り上げられていませんが、つい先日2010年春の番組が発表されました(民放連のHP参照)。推奨する理由も添えられていますので、保護者の考える「子どもに見せたい番組」と比べてみるのも面白いかもしれません。

2010年5月12日 (水)

アメリカ連邦最高裁判所判事の指名 ― 並河 仁准教授

 オバマ大統領が10日、連邦最高裁判事にSolicitor General(連邦最高裁判所における訴訟などでの政府代理人)であるElena Kaganを指名した。日本では最高裁判事の任命が注目されることは少ないが、アメリカでは、連邦最高裁判事の任命はとても大きな意味を持つ。連邦最高裁判所のあり方が日本とは大きく異なっていることが理由である。

 第一に、連邦最高裁判事は政治的任命職である。日本の最高裁判事も内閣が任命することになっているが(長官は内閣が指名し天皇が任命する)、実際には、最高裁事務総局を中心に法曹関係者によって決定され、時の政治指導者の影響はほとんど受けていないとされる。対して連邦最高裁判事は、大統領が自由に任命することができるため、党派的任命がなされる。大統領の個人的な友人が任命されることすらある。80年代以降は、イデオロギー的立場が大統領に近い人物を任命する傾向が強くなっている。

 第二に、日本の最高裁判事は内閣が任命すればそのまま判事に就任することになるが、アメリカの場合は上院の同意が必要であり、公開の場で審査を受けることになる。そもそもが党派的任命であるため、政治状況や任命された人物の立ち位置次第では、審査の場で過去の言動を掘り返されるなど、政治闘争の場になることもある。形骸化していると言われて久しい日本の国民審査とはかなり趣を異にする。

 第三に、日本では70歳定年制であるが、アメリカの連邦最高裁判事は終身である。党派的任命でありかつ終身職であるため、任命した大統領が最大2期8年で大統領府を去った後も、長く連邦最高裁判事として党派的な影響力を行使することになる。更に、退任の次期を自分で選ぶことが出来るため、自分を任命した党派が大統領職を占めたときに退任することで、後任ポストを同じ党派が占めるように配慮することも珍しくない。しかし、終身であるがゆえに任命者の期待を裏切ることも可能であり、保守的立場を期待されて任命された判事がリベラルな立場にシフトすることも珍しくない。

 第四に、日本の違憲立法審査権は具体的係争に限定され、成立したばかりの法の是非そのものを問うことはできない。いわゆる司法消極主義である。アメリカの司法制度は、上記のような強い政治的=民主的バックボーンを持つために司法積極主義をとっており、政治に与える影響が大きい存在となっている。アメリカのリベラル化を後押ししたウォーレンコート(連邦最高裁は、長官の名称を付けて呼称することが一般的である。ウォーレンコートとはWarren判事が長官を務めた時代の連邦最高裁を指す)など、アメリカ政治をひもといたときに連邦裁判所の活動がキーになっていることは珍しくない。

 このような背景があるため、アメリカでは、連邦最高裁判事の任命は大きな注目を集めることになる。

 さて、今回のElana Kagan氏はオバマ政権では二人目の最高裁判事任命になる。一人目はDavid H. Souter判事の後任でSonia Sotomayor判事である。Souter判事は1990年にブッシュ政権(パパブッシュ)によって任命されたが、保守派の期待に反しリベラル派にシフトした判事である。Sotomayor判事は初のヒスパニック系判事であり、女性であることもあわせ、オバマ政権のリベラルにアピールする姿勢が反映しているといえよう。55歳での就任であり、長く判事職を勤めることが予想される。今回指名されたKagan氏はユダヤ系女性であり、リベラル派として知られている。前任者のJohn Paul Stevens判事はフォード大統領によって1975年に任命され35年の長きにわたって判事を務めた。任命された当初は中立的立場であったが、後年リベラル派にシフトしており、Kagan氏の指名はSotomayor判事同様、リベラル派判事からリベラル派判事への引き継ぎとなる。Kagan氏は50歳であり、Stevens判事同様、長くリベラル派判事として務めることが予想されるだけに、上院での審査の動向が注目される。無論、Stevens判事同様、就任後に立場をシフトさせる可能性がないわけではない。

 ちなみに、Stevens判事の前任者William O. Douglas判事が任命されたのは1939年、なんと第二次世界大戦前であり、こちらも36年の長きにわたり判事を務めている。任命者はF.ルーズベルト大統領。Douglas判事の前任者はLouis D.Brandeis判事であり、この人に至っては第一次世界大戦中の1916年の任命である。

 同じように「最高裁判所」「最高裁判事」といっても、これほどの違いあるのだから、面白いものである。

 ついでに言っておくと、「連邦最高裁」とわざわざ「連邦」を付けているのにもちゃんと理由がある。アメリカでは州ごとに最高裁判所が存在し、州法のみに関することは原則として州の最高裁判所が管轄権を持つことになっている。これもまた日本では考えられないことであると同時に、国の成り立ちの違いがよく分かる話でもある。

2010年5月 6日 (木)

日本語能力試験の改訂について思うこと ― 小池 康講師

 みなさんは「日本語能力試験」というものを知っていますか。おそらく留学生の読者の方なら聞いたことがあると思います。中には、受験したことがあったり、1級や2級の認定を受けた人もいるのではないでしょうか。
 日本語能力試験は、日本語を母語としない人を対象に、公的に日本語能力を測定し、認定することを目的として、1984年より毎年一回実施されてきました(ただし、2009年は1、2級のみ二回実施)。単に日本国内だけではなく、海外の49の国や地域でも実施され、全世界で50万人以上が受験しました(2007年度)。
 試験には1級から4級までの四つのレベルがあり、受験者は自分の必要とするレベルの試験を受けます。各レベルとも「文字・語彙」「聴解」「読解・文法」といった三種類の内容から構成され、総合得点で一定の得点以上ならば、その級(レベル)の日本語能力があると認定されます。

 さて、このように四半世紀にわたって行なわれてきた日本語能力試験ですが、今年2010年より、レベル的にも内容的にも新しい形となって生まれ変わります。
 まずレベル的には、認定される級の数がこれまでの四つから五つになります。新しく設定された級はそれまでの2級と3級の間のレベルに相当するもので、これまでの試験では3級までは比較的簡単に取得できたが、2級になるとなかなか取得できなかったという事情を踏まえたもののようです。3級から2級に上がれず、日本語への学習意欲が減退してしまった人も多かったようですが、今回の改定には、そのような人を減らし、学習意欲を維持させる目的もあると思います。
 内容的な変化としては、実際に「使える」日本語の能力を測ろうとしていることです。これまでは、1級を持っている外国人でも日本人とのコミュニケーションに難点がある人もいました。つまり、日本語の知識はあるけれども、場面や状況の違いに応じた適切な表現の選択ができない人が多かったということです。今回の改定によって、日本語の知識と共に日本語を適切に使える力(「運用能力」と言います)の両方をレベルアップさせるような日本語教育がより進んでいくものと思われます。

 さて、ここでふと気になったことがあります。確かに日本語を学ぶ外国人に日本語の知識とその適切な使い方を教えることはとても重要です。では、逆に今の日本人にどれだけ日本語の知識と適切な運用能力があるでしょうか。みなさんは、どんな相手に対しても相手に配慮した日本語を使える自信はありますか。また、場面や状況に応じて日本語を使い分ける自信はありますか。日本で生まれ、日本で育ち、日常生活で日本語を使っているからと言って、日本語が適切に使えているかと改めて聞かれるといささか自信がなくなるのではないでしょうか。
 このたびの日本語能力試験の改定は、我々にとっても日本人が見失いかけているものを再確認・再認識するきっかけにもなりうるものだと思います。ですから、みなさん、この日本語能力試験の試験問題を見る機会があったら、ぜひやってみて下さい。そして、自分の日本語がどのくらいのレベルなのかを確認してみて下さい。
 意外と、外国人に近い日本人になってしまうかもしれませんね...。