« 日本語能力試験の改訂について思うこと ― 小池 康講師 | メイン | 見せたい番組・見せたくない番組・見てもらいたい番組 ― 田島 祥講師 »

2010-05-12

アメリカ連邦最高裁判所判事の指名 ― 並河 仁准教授

 オバマ大統領が10日、連邦最高裁判事にSolicitor General(連邦最高裁判所における訴訟などでの政府代理人)であるElena Kaganを指名した。日本では最高裁判事の任命が注目されることは少ないが、アメリカでは、連邦最高裁判事の任命はとても大きな意味を持つ。連邦最高裁判所のあり方が日本とは大きく異なっていることが理由である。

 第一に、連邦最高裁判事は政治的任命職である。日本の最高裁判事も内閣が任命することになっているが(長官は内閣が指名し天皇が任命する)、実際には、最高裁事務総局を中心に法曹関係者によって決定され、時の政治指導者の影響はほとんど受けていないとされる。対して連邦最高裁判事は、大統領が自由に任命することができるため、党派的任命がなされる。大統領の個人的な友人が任命されることすらある。80年代以降は、イデオロギー的立場が大統領に近い人物を任命する傾向が強くなっている。

 第二に、日本の最高裁判事は内閣が任命すればそのまま判事に就任することになるが、アメリカの場合は上院の同意が必要であり、公開の場で審査を受けることになる。そもそもが党派的任命であるため、政治状況や任命された人物の立ち位置次第では、審査の場で過去の言動を掘り返されるなど、政治闘争の場になることもある。形骸化していると言われて久しい日本の国民審査とはかなり趣を異にする。

 第三に、日本では70歳定年制であるが、アメリカの連邦最高裁判事は終身である。党派的任命でありかつ終身職であるため、任命した大統領が最大2期8年で大統領府を去った後も、長く連邦最高裁判事として党派的な影響力を行使することになる。更に、退任の次期を自分で選ぶことが出来るため、自分を任命した党派が大統領職を占めたときに退任することで、後任ポストを同じ党派が占めるように配慮することも珍しくない。しかし、終身であるがゆえに任命者の期待を裏切ることも可能であり、保守的立場を期待されて任命された判事がリベラルな立場にシフトすることも珍しくない。

 第四に、日本の違憲立法審査権は具体的係争に限定され、成立したばかりの法の是非そのものを問うことはできない。いわゆる司法消極主義である。アメリカの司法制度は、上記のような強い政治的=民主的バックボーンを持つために司法積極主義をとっており、政治に与える影響が大きい存在となっている。アメリカのリベラル化を後押ししたウォーレンコート(連邦最高裁は、長官の名称を付けて呼称することが一般的である。ウォーレンコートとはWarren判事が長官を務めた時代の連邦最高裁を指す)など、アメリカ政治をひもといたときに連邦裁判所の活動がキーになっていることは珍しくない。

 このような背景があるため、アメリカでは、連邦最高裁判事の任命は大きな注目を集めることになる。

 さて、今回のElana Kagan氏はオバマ政権では二人目の最高裁判事任命になる。一人目はDavid H. Souter判事の後任でSonia Sotomayor判事である。Souter判事は1990年にブッシュ政権(パパブッシュ)によって任命されたが、保守派の期待に反しリベラル派にシフトした判事である。Sotomayor判事は初のヒスパニック系判事であり、女性であることもあわせ、オバマ政権のリベラルにアピールする姿勢が反映しているといえよう。55歳での就任であり、長く判事職を勤めることが予想される。今回指名されたKagan氏はユダヤ系女性であり、リベラル派として知られている。前任者のJohn Paul Stevens判事はフォード大統領によって1975年に任命され35年の長きにわたって判事を務めた。任命された当初は中立的立場であったが、後年リベラル派にシフトしており、Kagan氏の指名はSotomayor判事同様、リベラル派判事からリベラル派判事への引き継ぎとなる。Kagan氏は50歳であり、Stevens判事同様、長くリベラル派判事として務めることが予想されるだけに、上院での審査の動向が注目される。無論、Stevens判事同様、就任後に立場をシフトさせる可能性がないわけではない。

 ちなみに、Stevens判事の前任者William O. Douglas判事が任命されたのは1939年、なんと第二次世界大戦前であり、こちらも36年の長きにわたり判事を務めている。任命者はF.ルーズベルト大統領。Douglas判事の前任者はLouis D.Brandeis判事であり、この人に至っては第一次世界大戦中の1916年の任命である。

 同じように「最高裁判所」「最高裁判事」といっても、これほどの違いあるのだから、面白いものである。

 ついでに言っておくと、「連邦最高裁」とわざわざ「連邦」を付けているのにもちゃんと理由がある。アメリカでは州ごとに最高裁判所が存在し、州法のみに関することは原則として州の最高裁判所が管轄権を持つことになっている。これもまた日本では考えられないことであると同時に、国の成り立ちの違いがよく分かる話でもある。