ポスティング制度の適用から考える日本の野球界 ― 石坂 友司講師
今秋、プロ野球のペナント以上にメディアを賑わせている大きな問題がある。2人の一流投手によるMLB(アメリカ・メジャー・リーグ)へのポスティング移籍問題である。
ポスティングの主役は日本ハムのダルビッシュ(以下選手の敬称略)と東北楽天の岩隈。ともにチームの大エースである。松坂の移籍以来おなじみになったポスティングについて、ここで簡単におさらいしておこう。
ポスティング(システム)とは、海外FA権(フリー・エージェント)を取得していないNPB(日本野球機構:日本のプロ野球)の所属選手が、球団の同意を得てMLBへと移籍することができる制度で、1998年に制定された。MLBの獲得希望球団は入札を行い、最高金額を提示したチームに移籍が認められる。仮に移籍が認められた場合、入札金はその選手の保有権を有するチームに全額支払われる。最高入札額のチームにのみ交渉権が与えられるため、日本選手が移籍先を自由に選べないという問題や、入札額・チームをみて、日本球団が(選手の意志にかかわらず)移籍を一方的に拒否することができるという決まりもあり、重大な問題をはらんでいる制度といえる。
ところで、現在の日本プロ球界はドラフト制度1) を採用しているため、必ずしも選手が希望した球団に指名され・入団できるとは限らない。希望しない球団に指名された選手が契約回避や大学進学などを選択するリスクを減らすため、一定期間プレイすれば、選手の希望球団に移籍が可能となる制度としてFA制度が採用されている。このFA制度は国内・海外に大別することができる。
国内FAは145日以上の1軍登録が8シーズンで成立し、FA選手の獲得を希望する球団と選手が契約交渉し、合意に達すればその球団に移籍が認められる。獲得球団(移籍先)はその選手の保有権を有する球団(移籍元)に金銭および人的補償をすることが決められている。この場合の金銭的補償とは、年俸ランク2) に応じて決まっており、Aランクの選手は年俸の80%、Bランクは60%のFA補償金(Cランクはなし)を、また、他の選手による人的補償を求めることもでき、その場合Aランクの選手は年俸の50%、Bランクは40%のFA補償金(Cランクはなし)+選手を移籍先の球団は用意することになっている。
一方、海外FAは145日以上の1軍登録が9シーズンに到達することとされており、国内FAよりも1シーズン余計に日数を要する。この場合、移籍先球団(MLB)に移籍補償制度は適用されないため、日本球団は1円も獲得することはできない。ただし、ポスティングと違い選手は希望する球団を自由に選択することができる。
ポスティングによる移籍が注目を集めてきたのは、海外FAによるMLBへの選手移籍が現実味を帯びてきたことによる。それまで日本の選手はMLBで通用するとはあまり考えられておらず、移籍の制度的整備も十分にされてはいなかった。また、シーズンオフに行われる日米野球などではMLBのパワー野球に圧倒される試合展開が多かった。それを一変させたのが野茂をはじめとする日本人投手の活躍である。
野茂は1994年まで近鉄(現オリックス)で活躍していたが、独特のトルネード投法と調整法、フロントとの確執などからMLB挑戦を決意し、任意引退選手(近鉄の保留権を残したままでの引退扱い、現在この方式では3年間海外には移籍できない)としてアメリカに渡った。野茂はドジャースとのマイナー契約(年俸は近鉄の1億4000万円→10.9万ドル:以下年俸は推定)からスタートしたものの、メジャーに昇格し、13勝をあげ新人王に輝いた。その後2008年に引退するまで、123勝をあげ、2回のノーヒット・ノーランを達成している。また、野茂に続くように、日本球界から海を渡った長谷川(金銭トレード)、柏田(野球留学)、吉井(FA)、木田(FA)らは日本人投手の実力を示し、日本人選手がMLBにとって安価な移籍市場であることを知らしめた。
これによって危機感を強めたのはNPBである。当時のFA制度は国内への移籍に限って、移籍選手の年俸×1.5倍の金銭的補償を定めていたが、海外へのFA移籍はMLBとの協約がないため金銭的補償が得られない(これは現行の制度でも同様)。1998年に初のFA移籍した吉井を例にとると、年俸9200万円に対し、日本の球団に移籍した場合、ヤクルトには9200万円×1.5倍=1億3800万円の補償金が入り、その金額で外国人選手など代替の選手補強が可能になる。ところが、結果としてメッツに移籍されたことで、ヤクルトは1円も獲得することができなかった。選手の海外FA移籍は、日本の球団にとって人気選手を失うだけでなく、その金銭的補償を失うことも意味したのである。一方で、報道によると、吉井の年俸も50万ドル+出来高と大きく目減りしていた。
そこで考案されたシステムがポスティング制度である。この制度は、FAとは別にMLBへの移籍を金銭的に可能にする制度で、移籍する選手の実力が高ければ高いほど入札金額がつり上がり、移籍元の球団に利益をもたらす。そして、多くの選手の渡米、活躍で日本人選手の評価はうなぎ登りに高まっていった。この制度を利用した初の日本人選手(適用第1号は、1999年、ドミニカ出身の広島・ケサダ選手で移籍金40万ドル)であるイチローは移籍金1312万5000ドルで海を渡った。イチローの活躍については多言を要しないが、2004年にはMLBの最多安打記録を更新し、今年は10年連続200本安打以上という大記録を樹立した。また、WBCでの優勝を果たした日本の野球界は一段と評価を高め、2007年には松坂が5111万1111ドルという破格の入札金でレッドソックスに移籍を果たしている。松坂という大エースを失っても、西武には十分な補強資金がもたらされたのである。
しかしながら、日本球界にとって多大な利益を生み出すポスティングシステムの適用事例は、実際のところそれほど多いというわけではない。松坂と同じくポスティング移籍した岩村、井川を最後に、2008年以降の主力級選手の海外移籍は全てがFA移籍である(ドラフトを拒否して渡米した田澤の例外などがある)。その理由は、ポスティングの入札球団が現れなかった事例と、FAが成立する満期まで選手に活躍を求め、移籍を認めなかった日本球団の事情による。ポスティングによる移籍は多額の入札金を獲得する可能性がある一方、人気選手の放出による人気低迷という間接的マイナス効果が発生する、いわゆる禁断の果実なのである。
さて、ここまで制度的な確認をしてきたところで、冒頭の2人の移籍話に戻ろう。同じようにみえる移籍もよくみると事情が異なっていることがわかる。岩隈は今年10年目ながら、ようやく国内FAの資格を獲得し、今季10勝をあげた。海外FAの取得は来年とせまっており、仮に楽天でもう1年プレイした場合、MLBへの移籍はFA適用となり、彼の移籍補償金は球団には入らない。一方のダルビッシュはプロ入り6年目の選手で今季12勝をあげた。海外FAの資格取得までにはあと3年弱が必要といわれる。仮にポスティング移籍する場合、移籍金は7500万ドルという巨額なものになると報道されている。
先に述べたように、ポスティング移籍には球団の承認が必要とされるため、特に一線級選手の移籍に球団は慎重になり、FA期限ぎりぎりまで許可しないケースがほとんどであった。なぜなら早期に選手を放出すれば、高額な移籍金を得られる可能性は高くなるが、その分チーム力は下がり、ファン層を失うことにもつながりかねないからである。その意味で、岩隈のケースは海外への移籍希望をかなえながら、球団が実をとる最終手段といえるが、ダルビッシュのケースは球団が一時的にうるおうものの、今季4位に低迷したチームの戦力ダウンは避けられず、結果としてかなりのマイナス効果が出ると考えられる。さらにいえば、野球人気の低下という球界全体の損失につながるリスクを負う。
ちょうど3年前の本ニュース解説で、野球のクライマックス・シリーズ制度(CS)の導入について述べたとき、特にパ・リーグでは優勝をかけて行われるシリーズに、思わぬ熱狂がわき起こっていた。それが現在ではどうであろうか。セ・パともに今年はまれにみる接戦で、セ・リーグでは1ゲーム差に3チーム、パ・リーグでは3ゲーム差に4チームが収まった。また、WBCの2連覇を経験し、野球人気復活の兆しが見られると報道されたのは昨年のことである。しかしながら、盛り上がりを見せるはずの週末(10月16日・17日)、CSの放映はNHKのBSデジタルに限られ、地上波での放映はなかったのである。中日-巨人戦はかろうじて放送されたものの、日本一を決定する日本シリーズの対戦カードが中日vsロッテという全国区では必ずしも人気球団ではない両チームの対戦なだけに、すでに地上波放送が消滅するのではという危惧がなされている。
かつてのドル箱といわれた巨人戦の年間平均視聴率も、現発表時点で8.4%(関東・8月までの集計、ビデオリサーチ社)と昨年の10.0%を大きく割っている。野球放映が大きく減少する中、横浜ベイスターズの身売り問題が浮上したことは偶然ではない。ベイスターズを所有していたのはTBS、いわゆるメディア企業である。このことはメディアにとってプロ野球がもはや良質なコンテンツではないということを示している。
選手の海外移籍希望をかなえるという建前を掲げながらも、実際には移籍金の損得勘定を気にする球団の本音。岩隈には応札額(一定以下の入札金では移籍に応じない)が設定されている。一方、ダルビッシュの移籍は批判が強かったせいか、ここにきて本人が撤回の意志をブログで掲げている。情勢を見守る必要はあるが、有名選手の流出を意味する彼のポスティング移籍を日本ハムが認めたとき、日本球界の衰退はさらに加速するだろう。
1)現行のドラフト制度:プロ志望届を提出した高校生と大学生、すべての社会人選手が対象となる。1巡目は「入札抽選方式」をとり、12球団が一斉に獲得希望選手を指名し、重複した場合はくじによって交渉獲得球団を決定する。くじに外れた球団は再び選手を指名し、重複した場合は再びくじを引く。このようにして12球団の指名が決まるまで繰り返す。2巡目以降は「折り返しウェーバー方式」をとり、下位球団(今年は横浜→東北楽天・・・の順)が優先して交渉権を獲得する。3巡目は逆に上位球団(今年は福岡ソフトバンク→中日・・・の順)から指名し、これを繰り返して120名まで指名を続けることができる。今年のドラフトは10月28日に開催される。「ハンカチ王子」として甲子園をわかせた斎藤佑樹投手などが目玉。ちなみに本学からは2選手が候補となる。
2)FA補償金の年俸ランク:移籍元の球団における日本人選手の年俸順位が、3位に入る選手はAランク、4~10位までがBランク、それ以下がCランクと決められている。
