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2018-05-29

日本の観光の行方について ― 竹村 奉文 教授

●「インバウンド」の変遷

「インバウンド」という言葉をよく耳にするようになった。意味は、外国人が訪れてくる旅行のことである。日本への「インバウンド」を訪日外国人旅行または訪日旅行という。これに対して、自国から外国へ出掛ける旅行を「アウトバウンド」または海外旅行という。(観光用語集/JTB総合研究所より引用)

この言葉がよく使われるようになったのは15年ほど前からで、日本の国際観光に対する取り組みと関係する。それを紐解いてみよう。

日本の観光政策が大きく変わり始めたのは、平成15年に当時の小泉純一郎 総理が「ビジット・ジャパン事業(日本の観光資源を様々なシーンで世界に紹介するプロモーション活動事業、日本カッコイイという表現で「クールジャパン」という言葉も生まれる)」をスタートさせてからである。それまでと異なり観光産業を消費産業として本気で見始めたような気がする。日本の観光資源の多さから見れば、当時の外国人観光客数の受け入れ数は決して多いとは言えない現状であった。事実、2016年に訪日外国人観光客は2,000万人を超え2,404万人(観光庁調)になったが、これでも世界で16位、アジアでも5位である。そして、2020年のオリンピック・パラリンピックイアーに向けて4,000万人、さらには2030年には6,000万人を目指すとしている。パリのテロ発生前までにパリを訪れる外国人観光客が1億人以上訪れていたのと比べても、観光資源の多い我が国の伸び代はまだまだあると思っている。

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そうした中、国際観光産業が消費産業として極めて有効だと捉えたのは、その構造が外貨を国内に流入し、その外貨が国内を流動化すれば全国全体に好影響が出ると考えたからではないか。

その理由は、当時、「格差社会」という言葉が社会的問題として捉え始めていた。戦後、池田勇人内閣が打ち出した「所得倍増計画」により、太平洋ベルトに製造業を位置付け積極的に企業誘致を行なった結果、膨大なエネルギーが必要となってきた。そこで裏日本の豊富な水資源に目をつけ水力発電という大型の社会インフラ整備を展開していったのである。その結果、まず表日本の労働者の所得が向上し、季節雇用者として表日本に働きに来ていた裏日本の労働者は地元で仕事ができるようになり、それに合わせて所得も増加していったのである。このことにより、国民の所得は平均的に向上し、国民の中に「総中流意識」が生まれた。しかし雇用面からみると、ベルリンの壁が崩壊して以降、東側の低賃金の労働力が西側諸国に大量に流入したことで価格競争が国際間で激化し、低コスト化に追い込まれた製造業は工場内を自動化し、海外へ製造拠点を移行し始めた。そのことにより製造業には、もはやこの国の雇用を支える力はなくなってきたのが現実である。そして、それに取って代わるものが消費を基本に置いたサービス産業なのだが、20年という長きにわたって続いたデフレ不況は国内消費を低迷させたため、カンフル剤が必要になってきていた。そういう意味では、インバウンド政策は外貨を国内に流入させ、国内で消費(流動化)させるわかりやすいモデルだったに違いない。

そして平成18年12月に国は、観光立国推進基本法を制定。さらに翌年6月に観光立国推進基本計画を閣議決定し、平成20年10月に観光庁が誕生した。
これによりインバウンドへの取り組みが名実ともにスタートするのである。

●受け皿となる宿泊業界の事情

私は、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(略称「全旅連」)のアドバイザーを仰せつかっている。同組織は、もともとは厚生労働省の衛生管理を目的に生活衛生関連団体(16組合)の一つとして誕生した。(今年4月からは国から「観光立国の振興に関すること」の一文を定款の中に盛り込むことを認められ名実ともに観光団体トップとして位置付けられることになり、観光庁とも連携できるようになった。)

この生活衛生関連16団体でさらに生活衛生同業組合連合会を組織し、その代表団体として位置付けられている。活動内容としては食中毒から感染症、最近ではHACCP(「Hazard(危害)」「Analysis(分析)」「Critical(重要)」「Control(管理)」「Point(点)」という言葉の略語で、食品を製造する際に安全を確保するための管理手法のことを言う。 日本語ではそのまま「危害分析重要管理点」と訳される。)」まで、国の生活衛生に関するほぼ全領域を代表幹事団体として取りまとめている。その団体には、美容理容業界や飲食業界も含まれており、その領域は広く、末端の組合員数にすると恐らく十万組合員を超える規模になる。全旅連だけみても加入組合員は業界の三分の一程度だがそれでも15,000組合員を超える。施設数にすると複数旅館ホテルを経営している組合員もいれば、ホテルチェーンも加入しているので恐らく5万施設は超える規模である。

こうした中、宿泊業も順風満帆ではない。この二十数年続いたデフレ不況は宿泊業界を直撃し、経営危機に追い込まれ、少し改善傾向にはあるがその時の負の資産に喘いでいるのが現状ではないかと思う。

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そして、経営悪化は事業承継問題へと発展し、廃業する旅館ホテルは増加傾向にある。また、旅行形態も大きく変化してきている。団体旅行は激減し、個人旅行へとシフトしてきている。それによって施設が団体旅行仕様となっているので切り替える必要が出てきている。当然、老朽化だけでなく耐震改修問題やバリアフリー整備など重い負担がのしかかり、そこに、民泊問題である。まさに宿泊業界は国際観光というプラス面だけでなく、それに伴って国際サービスへと大きく舵を切らなくてはいかなくなってきている。

●宿泊業界の課題

今、宿泊業界が抱えている課題を整理すると次のようなものであろうか。

  • 民泊の進出による小規模事業者の経営悪化
  • 違法民泊事業者の追放活動
  • 労働力不足による人手不足の蔓延化
  • 事業承継問題
  • 大震災等の自然災害時の有効なサポート体制の充実 等

簡単に思いつくものだけでも、このくらいはある。幸いにも私のアドバイザーという仕事は、国が進める観光政策についていち早く情報が入ってくる立場でもあるので、関係団体としてどのように受け入れて、どのように普及させるかといったシナリオ作成、また具体的なアクションプランや組織全体の事業計画案までの作成支援を行う。そのため、幹部会からブロック会議、都道府県会議、全国大会まで招聘され意見を求められる。最近では北海道支部のように支部のアドバイザーとしての要請もある。これ以外にも場合によってはロビスト活動のサポートいわゆる政治顧問的な仕事もお手伝いする。一言で言えば何でも屋ではあるが、この国の観光政策のベクトルがいち早く見えるし、国の担当者の話を直接伺えるので素晴らしいチャンスをいただいたと思っている。

●民泊問題の根っこ

住宅宿泊事業法(いわゆる民泊新法」)が平成29年6月16日に施行され、来月15日から本格的にスタートする。この法律が制定される背景には、急増する外国人観光客に対して宿泊施設が足りないということがそもそも論ではあるが、実態は長らく続いた不動産不況がその裏にある。つまり、不動産業界がだぶついているアパートやマンションの有効活用に「民泊」を利用しようとしたことはあまり知られていない。つまり、住宅宿泊事業法は外国の民泊施設仲介サイトがきっかけにはなっているが、本当の仕掛け人は不動産業界であった。そのことに気づいた時には、宿泊業界にとっては時遅し状態だった。つまり不動産業界に押し切られ、この法律が一気に制定されたのである。そこで、どうにか策はないかということになり、この新法が基本法的位置付けなので地域ごとに条例を制定する流れになっていることに目をつけて、いち早く全旅連としてのシナリオ書きを手伝った。そのためには組合員の意識を変える必要があった。最初にお願いしたのは個々の利益追及は捨てて欲しいということをお願いした。そして、新法が動き始め外国人観光客が増えた時の治安や事件について見える化し、地域住民の生命の安全安心を守ろうという活動に転換した。結果、半分以上の都道府県で営業日数や営業エリアを法よりも厳しくする動きに変わり、民泊ビジネスを営業としてみた時には魅力のない、いわゆる骨抜きにしてしまった。つまり、本来の国際親善、国際交流というところに引き戻す結果となった。そして、現段階では民泊申請よりも簡易宿泊所の届出の方が多い現状である。

以上、私の実体験に基づく雑感を書かせていただいた。
宿泊業は恐らくこの国の基幹産業の一つに必ず位置付けされる。その最前線を経験させていただいているということは幸運であり、ここでも掲げた過大一つ一つを取り上げても、このNews解説が書けると思っているので、次の機会があればご紹介させていただきます。