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2018-06-06

日本銀行の金融政策と日本経済* ― 王 ゼイ 講師

1 日本銀行の非伝統的金融政策

 1997 年から1998 年まで、バブル崩壊後の後遺症として、日本では、大手金融機関が相次いで倒産し、金融市場の不安が広がり、実体経済が大きく減速した当時の経済情勢を踏まえ、1999 年2 月から日銀は景気を刺激し、金融市場の不安を和らげるために、より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレートをできるだけ低めに推移するよう促すという史上初のゼロ金利政策を打ち出した。具体的に、金融政策の方針は無担保コール・オーバーナイト物の誘導目標を引き下げ、当初0.15% 前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、一層低下を促すという内容である*1。 後ほど、1999 年2 月から2001 年2 月まで続いたこの政策方針がゼロ金利政策と呼ばれるようになり、それは当時日銀の政策金利であるコールレートが0% 付近で維持されて、銀行間市場の取引において手数料を考慮すると、コール市場における資金運営の収益がほとんど見込まれず、短期政策金利が事実上0% になったからである。それ以後、図1 から確認できるように、コールレートがほぼ0% 前後を維持しており、日銀はその政策が未だに短期政策金利を操作目標とする伝統的な金融政策のレジームに復帰できず、量的緩和、インフレターゲット、マイナス金利、イルードカーブコントロールなど、様々な非伝統的な政策手段を打ち出しながら、今日に至っている。

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図1: 日本銀行の政策金利(コールレート)

 2001 年3 月から、さらなる緩和効果を追求するため、日本銀行は初めて金融政策の操作目標を変えて、これまでの操作目標としての政策金利の調整を放棄し、新たに貨幣供給量のコントロールを操作目標として導入して、史上初の量的緩和の領域に踏み切った*2。その主な政策方針を以下の要点にまとめることができる。

  1. 金融市場調節の操作目標の変更:金融市場調節に当たり、主たる操作目標をこれまでの無担保コールレート(オーバーナイト物)から日本銀行当座預金残高に変更する。この結果、無担保コールレート(オーバーナイト物)の変動は日本銀行による潤沢な資金供給と補完貸付制度による金利上限のもとで、市場に委ねられることになる。
  2. 実施期間の目処として消費者物価を採用:新しい金融市場調節方式は消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ% 以上となるまで、継続することとする。
  3. 日本銀行当座預金残高の増額と市場金利の一段の低下:当面、日本銀行当座預金残高を5 兆円程度に増額する(最近の残高4 兆円強から1 兆円程度積み増し)。この結果、無担保コールレート(オーバーナイト物)はこれまでの誘導目標である0.15% からさらに大きく低下し、通常はゼロ%近辺で推移するものと予想される。
  4. 長期国債の買入れ増額:日本銀行当座預金を円滑に供給するうえで必要と判断される場合には現在、月4 千億円ペースで行っている長期国債の買入れを増額する。ただし、日本銀行が保有する長期国債の残高は、銀行券発行残高を上限とする。

*本稿は日本銀行が1999 年以来実施しきた非伝統的金融政策金融政策を一通り紹介したうえで、2013 年から日本銀行が実施してきた「量的・質的金融緩和政策」とそれによる日本経済への影響を分かりやすく説明するために作成されたものである。本稿にあるミスはすべて作者に帰すべきであり、所属機関と無関係であることを断る。

*11999 年2 月12 日「当面の金融政策運営について」。詳細についてはhttp://www.boj.or.jp/announcements/release_1999/k990212c.htm/ を参照されたい。

*22001 年3 月19 日「金融市場調節方式の変更と一段の金融緩和措置について」。http://www.boj.or.jp/announcements/release_2001/k010319a.htm/ を参照されたい


2001 年3 月19 日に公表された日銀の政策決定会合の要旨を見ると、(1)明確な操作目標の変更、(2)政策の実施期間に対するオーペンエンド型のコミットメント*3、(3)政策実施の経過、(4)政策の具体的な実行手段などがはっきりと分かる。とくに、「新しい金融市場調節方式は、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ% 以上となるまで、継続することとする」という明確なコミットメントはフォワードガイダンス*4と見なすことができるため、インフレに対する市場の期待形成への働きが2001 年3 月からの量的緩和の枠組みにおいて、狙いの一つであると考えられる。2006 年3 月、日銀は「消費者物価上昇率が0% より上回った」との認識を示し、2001年3 月から続いてきた量的緩和政策を解除した。2008 年12 月から2013 年1 月まで、国際金融危機に影響され、日本経済の成長スピードが落ちつつあったのみならず,国内の物価水準の下落も続いていた。当時の金融経済情勢を受けて、日銀は再び量的緩和政策を発動し、「包括的な金融緩和政策」を実施した。「包括的な金融緩和政策」*5の要点は以下の三つである。

  1. 金利誘導目標の変更:無担保コールレート(オーバーナイト物)を0~0.1% 程度で推移するよう促す。
  2. 「中長期的な物価安定の理解」に基づく時間軸の明確化:日本銀行は、「中長期的な物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく。ただし、金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、問題が生じていないことを条件とする。
  3. 資産買入れ等の基金の創設:国債、CP、社債、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)など多様な金融資産の買入れと固定金利方式・共通担保資金供給オペレーションを行うため、臨時の措置として、バランスシート上に基金を創設することを検討する。

ここで「中長期的な物価安定の理解」とは2006 年3 月8 日、9 日に開催された金融政策決定会合において導入された見解*6であり、金融政策運営に当たり、中長期的に見て物価が安定していると理解する物価上昇率を意味する。そのほかに、2012 年2 から2013 年2 月まで、日銀は相次いで「中長期的な物価安定の目途」*7の導入、「貸出支援基金」*8の創設、2% の物価目標と「期限を定めない資産買入れ方式」*9の導入などを発表し、緩和的な金融政策スタンスを維 持してきた。日銀は様々な政策を通して、市場に流動性を供給し,金融危機からマイナス影響を克服しようとした。

 さらに、2013 年4 月4 日の金融政策決定会合で、「量的・質的金融緩和」*10の導入が決定された。同政策には主に 三つの内容が含まれている。

  1. 日本銀行は消費者物価の前年比上昇率2% の「物価安定の目標」を、2 年程度の期間を念頭に置き、できるだけ早期に実現する。このため,マネタリーベース及び長期国債・EFT の保有額を2 年間で2 倍に拡大し,長期国債買入れの平均残存期間を2 倍以上に延長するなど,量・質ともに最高レベルの金融緩和を行う。
  2. 量的な金融緩和を推進する観点から、金融市場調節の操作目標を、無担保コールレート(オーバーナイト物)からマネタリーベースに変更し、マネタリーベースが年間約60~70 兆円に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う。
  3. イールドカーブ全体の金利低下を促す観点から,長期国債の保有残高が年間約50 兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行う。長期国債の買入れ対象を40 年債発行残高の平均並みの7 年度に延長する。

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図2: コア消費者物価指数から計算された対前期インフレ率

その後、日銀は2014 年10 月31 日に「「量的・質的金融緩和」の拡大」*11を、2015 年12 月18 日に「当面の金融政策運営について」*12などの政策声明を発表して、様々な政策強化策や補完措置を打ち出しながら、緩和の度合いをさらに強めてきた。しかし、原油安などの影響もあり、図2 から見て取れるように、消費税増税による一時的影響を除いて、日銀が当初掲げていた2 年程度の期間のうちに物価上昇率を2% まで引き上げるという目標が達成できなかった。そのため、2016 年1 月29 日に、これまでの政策と比べ、緩和度がもっとも高い「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」*13の導入が決まった。これまでの政策と共通の内容を持ちながらも、日銀は「量」・「質」・「金利」の3つの次元で、2% の「物価安定の目標」を目指し、それが実現できるように、金融政策を運営していくと予想される。本節は1999 年以後、日銀の金融政策を一通り振り返ってみた。次節では、日銀の政策は日本経済に対して、どのように働きかけるかについて、理論分析を行い、さらに、理論分析からの結論と実際のデータで示される経済現象を比較し、実証分析で日銀の政策効果を確かめる。


*3 コミットメントとは予め政策の内容を説明し、それを約束することで政策の透明性や効果を保証することである。ここでいうオーペンエンドとは。政策の持続期間を固定せずに、政策目標が達成できるまで政策を続けていくことを意味する。

*4フォワードガイダンスとは政策の先行きを事前に市場に説明することで政策の不確実性を軽減して、政策効果を高めることを指す。

*52010 年10 月5 日「「包括的な金融緩和政策」の実施について」。http://www.boj.or.jp/announcements/release_2010/k101005.pdfを参照されたい。

*62006 年3 月8、9 日の金融政策決定会合の要旨についてはhttps://www.boj.or.jp/mopo/mpmsche_minu/minu_2006/g060309.htm/を参照されたい。

*7 2012 年2 月14 日「「中長期的な物価安定の目途」について」。http://www.boj.or.jp/announcements/release_2012/k120214b.pdfを参照されたい。

*8 2012 年10 月30 日「金融緩和の強化について」。http://www.boj.or.jp/announcements/release_2012/k121030a.pdf を参照されたい。

*92013 年1 月22 日「「物価安定の目標」と「期限を定めない資産買入れ方式」の導入について」。http://www.boj.or.jp/announcements/release_2013/k130122a.pdf を参照されたい。

*102013 年4 月4 日「「量的・質的金融緩和」の導入について」。http://www.boj.or.jp/announcements/release_2013/k130404a.pdfを参照されたい。

*112014 年10 月31 日「「量的・質的金融緩和」の拡大」。http://www.boj.or.jp/announcements/release_2014/k141031a.pdf を参照されたい。

*122015 年12 月18 日「当面の金融政策運営について」。http://www.boj.or.jp/announcements/release_2015/k151218a.pdf を参照されたい。

*13 http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160129a.pdf を参照されたい。


2 非伝統的金融政策と日本経済

 従来の伝統的金融政策の運営において、短期政策金利が主な役割を果たしているが、ゼロ金利環境において、短期政策金利がそれ以上下げられる余地を持たないため、中央銀行が大量に長期国債を買入れてバランスシートのサイズを増やすことで貨幣供給量を増加し、間接的に資産価格に影響を及ぼし、長期金利の低下、株価と為替レート*14の上昇を通じて、金融市場に対する緩和効果、実体経済に対する刺激効果を図る。本節では、資産市場の一般均衡モデル を使って、そのメカニズムを簡単に説明する*15。まずは、貨幣、国債、株式からなる資産市場の一般均衡モデルを考える。一般的に、資産の収益率が高まれば、その資産に対する需要が高まることから、各資産の需要関数はその自身の収益率の増加関数であると仮定できる。また、資産の収益率が上昇すれば、その資産の価格が下落するため*16、資産への需要は資産価格の減少関数である。ここでは、国債への需要をBD、株式への需要をKD、貨幣への需要をMDと表記する。さらに、各資産の間に代替関係*1717(substitution)が存在するため、各資産への需要はほかの資産の収益率の減少関数となる。短期金利がゼロに張り付いてるゼロ金利環境において、貨幣を保有する収益はほとんど見込めないため、貨幣の収益率は事実上ゼロと等しく、つまり、銀行にお金を預けても利息が生まれないということである。国債の収益率(国債金利)をRB、株式の価格(株価)をPKとすると、資産価格と収益率の関係から、国債の価格と株式の収益率がそれぞれ決まるため、以上の仮定に基いて、貨幣、国債、株式からなる資産市場では、三種類の資産が需要、収益率、価格が決まり、以下の関係が成り立つ。

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よって、この資産市場が一般均衡を達成する場合、以下の関係が成立する。

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ここでは、Zi, i ∈(M, B, K) はそれぞれの資産の超過需要関数を表し、資産市場が一般均衡を達成する場合、各資産への需要(MD、BD、KD)と供給(MS、BS、KS)が一致することになり、各資産の超過需要がゼロになる。一般均衡において、任意の二種類の資産に対する超過需要がゼロであれば、ワルラス法則によって、残りの一種類の資産に対する需要と供給も一致するため、ここでは、貨幣への超過需要と国債への超過需要がゼロになれば、RB とPKが決定される。(1) 式と(4) 式に従って、国債金利が下がると、国債への需要が減少し、現金の保有、つまり、貨幣への需要が高まり、貨幣に対する超過需要が発生することになる。貨幣の需給一致が回復するためには、株価が下がることが必要である。同様に、国債金利が上昇すると、国債への需要が高まり、超過需要が発生すれば、株価が下がる必要がある。国債の超過需要曲線ZBは貨幣の超過需要曲線ZMと比べて、その傾きがより緩やかであると仮定される。それは国債需要が国債金利に対する感応度がもっとも高く、貨幣需要や株式需要の国債金利に対する感応度より高いからである。

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図3: 資産市場一般均衡モデルにおける国債金利と株価の決定

 国債が中央銀行によって大量に買い取られる場合、市場への国債供給量BS が減少し、代わりに、中央銀行がその減少分、国債の保有量を増やすと、市場への貨幣供給量MS が増加する。国債の供給量BSが減ると、国債の超過需要が発生し、国債の需給均衡が回復するためには、国債金利RB が下がるか、株価PK が下がるか、あるいは、その両方が必要になる。また、国債の買入れに伴う貨幣供給量MS の増加は貨幣の超過供給を意味し、貨幣の需給一致が回復するためには、国債金利RB が下がるか、株価PK が上がるか、あるいは、その両方が必要になる。その結果、ZB が左下へと、ZM が右下へと、それぞれシフトすることになる。このメカニズムを以下のようにまとめることができる。

●BS↓⇒ ZB = BD-BS >0⇒ RB ↓, PK↓⇒ BD↓⇒ Z′B = 0

●MS↑⇒ ZM = MD-MS<0⇒ RB↓, PK↑⇒ MD↑⇒ Z′M = 0

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図4: 国債買入れによる資産価格に対する影響(国債、貨幣、株の資産市場の一般均衡モデル)

中央銀行が国債の買入れを実施した結果、資産市場で達成された新しい均衡において、政策実施以前の資産市場の均衡と比べて、国債金利が低下し、株価が上昇したことが分かる。以上の分析では、ゼロ金利環境が明示的に考慮されていないが、実際に、国債の買入れによる量的金融緩和という非伝統的金融政策が実施される場合、そもそも、金融政策当局は短期金利の調整ができないゼロ金利環境において、量的緩和という選択肢を選ぶわけであるため、以上の分析フレームワークにおいて、ゼロ金利を明示的に取り入れる必要がある。ゼロ金利環境において、国債と貨幣のいずれを保有しても、その収益が非常に低いが、国債と貨幣の代替関係が存続する。それは資産に対する需要がその収益率のみに依存せず、国債への投資需要がなくても、資産の配置、担保としての国債購入や海外投資家による日本国債の需要など、国債の収益が低くても需要され続けるわけである。

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図5: ゼロ金利環境における金利と貨幣量との関係

 図5 に示されるように、金利がゼロ、更にマイナス領域に近づくと、貨幣と国債の代替性が強まるため、金利の低下に対して、貨幣需要がより大きく増加する。国債についても、金利に対する感応度がさらに大きくなるため、図6のように、金利がマイナスになると、国債の超過需要曲線と貨幣の超過需要曲線の傾きがもっと緩やかになり、国債の買入れによる国債の供給減少と貨幣の供給増加は国債への超過需要と貨幣への超過供給をもたらし、最終的に株価の上昇と金利の低下を促すことになる。

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図6: ゼロ金利環境における資産市場の一般均衡モデル

 上記の分析フレームワークにおいて、株式を外国証券に置き換えると、国債の買入れによる為替レートへの影響も定性的に分析することができる。外国の証券B*に対する需要をBD*、その供給をBS*、その金利をR*B、円・外国の通貨の為替レートをe、外国証券が満期を迎える時点の為替レートをe′とそれぞれ表記し、外国証券に投資する場合のグロス収益率が1_11となることが分かる。
R*Bとe′が変わらないと仮定すると、円・外国の通貨の為替レートe が上昇*18すれば、外国証券への投資に対する収益率が下がれば、それに対する需要が減少して、前記のフレームワークにおいて仮定された資産の代替関係がこの場合においても成り立つため、資産市場が均衡するように、資産への需要が貨幣や国債へシフトして、貨幣と国債に対する需要が高まることになる。上記の分析にある株価PKを為替レートe に、株Kを外国証券B*に置き換えれば、以下の関係が成り立つ。

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同様に、(4)、(5)、(6)式を以下ように書き換えることができる。

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上記の国債、貨幣、株からなる三資産モデルと同じロジックで為替レートe と国債金利RB について、中央銀行による国債購入の政策効果を定性的に分析できる。

●BS↓⇒ Z B = BD -BS>0⇒ RB↓,e↓⇒ BD↓⇒ Z'= 0

●MS↑⇒ Z= MD-MS<0⇒ RB ↓, e↑⇒ MD↑⇒ Z′M  = 0

図7 に示される通り、国債、貨幣、外国証券からなる資産市場の一般均衡モデルにおいて、中央銀行が国債を大量に市中から買入れて国債供給が減少し、貨幣供給量が増加した結果、最終的に達成された資産市場の新しい均衡において、政策実施以前の均衡と比べて、国債金利RB が下落し、為替レートe が上昇することが分かる。なお、ゼロ金利環境においても、上記のメカニズムが働く。以上をまとめてみれば、資産市場の一般均衡モデルを使い、量的緩和が国債金利の低下、株価の上昇、為替レートの減価をもたらすという理論的な結果を導き出すことができる。

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図7: 国債買入れによる資産価格に対する影響(国債、貨幣、外国証券の資産市場の一般均衡モデル)

 さらに、為替レートの変動は国際貿易や資本流動などのチャンネルを経由して外国の金融市場や実体経済へ、その波及効果が伝わる。しかし、この場合、以上のように、その波及効果を簡単なモデルを用いて定性的に分析することが難しく、本稿では、それ以上の展開を避ける。資産市場の一般均衡モデルによる理論分析から、中央銀行が量的緩和の実施により、国債の供給量を減らし、貨幣の供給量を増やした結果、国債金利の低下、株価の上昇と為替レートの上昇(通貨の減価)という理論上の結果を参考に、日本国内の経済状況を考える。

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図8: 日本銀行のバランスシート(日銀の国債保有量とマネタリーベース)

 図8 から見て取れるように、2013 年から、日銀が大量な国債購入しはじめたため、バランスシートが一気に増えてきた。2001 年から2006 年まで続いていた初回の量的緩和策やその後の包括的緩和政策も国債購入によるマネタリーベースの増大という形で行われたが、2013 年からの量的緩和はこれまでの政策の規模を遥かに超えていることが分かる。

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図9: 日本の長期金利、株価と為替レート

 2013 年からの緩和政策は「量的」にかつての政策を上回るだけではなく、全期間の国債購入や保有期間の長期化という「質的」な特徴もある。そういう質的な特徴による政策効果の一つは長期金利を含み、イルードカーブの全体的なシフトダウンである。図9 から分かるように、10 年間日本国債の金利が2013 年から下がる一方で、2016 年からさらに下がってマイナスの領域に入っている。

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図10: 日本円の為替レートと日銀の国債保有量

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図11: 日本の株価と日銀の国債保有量

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図12: 国債保有量の増加に対する株価と為替レートの反応

図10 と図11 から読み取れるように、日銀の国債保有量の増加に伴って、80~100 円台で推移していた円の為替レートは2013 年以後、100~120 円台まで上昇した。株価についても、20000 円台以上に値上がりして、トレンド的な上昇が観察される。もちろん、株価や為替レートは様々な要因を受けて変動するし、単なる金融経済の影響だけを受けるわけではない。日銀の国債保有量、つまり、量的緩和がどれぐらい円安と株高に寄与しているか、その動学的関係を確かめるために、2010 年1 月から2017 年11 月までの月次データを使って、これらの変数からなる三変数2期ラグSVAR モデル*19を推計し、モデルの推計において、三変数を対数変換した。図12 から見て取れるように、国債保有量ショックが国債の保有量の持続的な上昇を引き起こし、日本の為替レートと日本の株価が国債保有量ショックに対して、有意なポジティブな反応を示している、つまり、日銀が国債を買入れ、その国債保有量が増加して、量的緩和が発生する場合、有意に円安と株高を引き起こしていることが分かる。以上の分析をもって、日銀の量的緩和が資産価格の変動を引き起こし、有意に円安と株高に寄与していると結論付けることができると考えられる。

 以上のように、マクロ経済理論から導き出された結論が実際の経済現象に一致して、経済理論が経済現象をうまく説明することができて、さらに、経済理論による説明が妥当であるかどうかを統計的な手法を用いて検証するという一連のプロセスは経済学の研究である。本稿を通じて、より多くの方にマクロ経済学や金融政策の話に興味を持っていただければ幸いである。


*112014 年10 月31 日「「量的・質的金融緩和」の拡大」。http://www.boj.or.jp/announcements/release_2014/k141031a.pdf を参照されたい。

*122015 年12 月18 日「当面の金融政策運営について」。http://www.boj.or.jp/announcements/release_2015/k151218a.pdf を参照されたい。

*13 http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/k160129a.pdf を参照されたい。 *14 円・ドルの為替レートで考えると、1 ドルを購入するために必要となる円が増える、つまり、円安を意味する。

*15本節の説明は主に、本多(2014)、宮尾(2016)を参考にしている。
*16*16 例えば、ある資産の価格をPt、収益率をrt、毎期の配当をDtとすると。資産の収益は以下のように定義される。

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簡単化のため、ここでは、その収益率と配当が時間とともに変化しないと仮定して、それぞれr とD と表記すると、資産価格は以下のように書き換えられる。

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r>0 である限り、無限期先において、 になる。配当D が一定であれば、r が上昇すると、資産価格Pt が下がることになる。

*18ここでは、円・ドルの為替レートで考えると、e が上昇するというのは1 ドルを購入するため必要となる円が増えて、ドル高、円安を意味する。

*19VAR モデルとはStructural Vector Autoregression の略称であり、構造ベクトル自己回帰モデルという時系列計量経済モデルのことである。マクロ経済学の分野では、マクロ経済理論に基づいて、このモデルを使ってマクロ変数の相互的影響を統計的な手法で推計して、経済政策の影響を実証的に評価する。