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2018-10-26

「米中貿易戦争」と「1980年代の日米貿易摩擦」の違いを考える ― 紋谷 廣徳 教授

2018年9月19日の朝日新聞によると、「対中関税 日用品に拡大」、「中国、関税以外も反撃へ」「米、消費者や企業に打撃」等の見出しが目につきました。 また「対中関税 輸入の半分対象」「米、中間選挙にらみ9月24日に第3弾」等、米中貿易摩擦が取り上げられています。

 概要説明では「トランプ大統領が9月17日、中国との通商紛争で本格的な拡大に踏み切った。 知的財産への侵害に対する制裁を主張しながら、生活用品などを幅広く対象とする高関税制裁処置の第3弾には、米国内外からの批判が相次ぐ。11月の米中間選挙を見据えるトランプ氏は強気の姿勢を崩さないが、紛争が泥沼化すれば、日本を含め、世界規模での影響が広がりかねない状況だ」

アメリカの対中国貿易赤字

 この貿易摩擦の発端はトランプ大統領が「米国の対中国貿易の赤字が大きく、不公平であり米国が被害を被っている」とのコメントからです。2017年度の中国の対米輸出総額は5,050億ドル(約55.5兆円)、米国の対中輸出総額は1,300億ドル(約14.3兆円)でした。米国の対中国貿易赤字は3,750億ドル(US$=110円で 約41.2兆円)となります。 この貿易赤字対策として米国は中国製品の輸入に対して関税引き上げを実施しました。 これに対して中国も米国からの輸入品に対して関税引き上げを実施しています。 つまり相互に「報復関税」を実行しているわけです。既に米中貿易戦争の影響は出てきており、IMFでは世界の経済成長予測を下方修正しました。 特に当事者である米国、中国での経済成長率の低下は顕著になっています。 ちなみにアメリカの対日赤字は688億ドル(約7.6兆円)であり如何に対中貿易赤字が大きいかがうかがえます。今回の報復関税には日用生活品が入っておりアメリカの消費者に直接影響を及ぼすことになります。(日用生活品に関しての報復関税適用はクリスマス後の2019年からと消費者への影響を避けた形になっています。) トランプ大統領は「自分たちは被害者である」と言っていますが、経済の原則から行けば競争力のある製品(安くて良いもの)であれば消費者は購入します。

実態
 米国企業が中国へ進出し、安価な労働力を活用し、生産・販売活動を実施、製品を中国国内と米国等国外に輸出しています。中国国内での米国企業の売上高・利益は連結決算として米国にある本社の売上高・利益に加算されます。実態はなかなかつかみにくい所がありますが、米中政府による水面下での交渉の行方が注目されます。経済戦争でなく政治戦争の色合いが強いことは否定できません。今回の米中貿易戦争の対象品目は軽工業品が中心であり、1960年~70年代にかけて発生した日米貿易摩擦に似ているかもしれません。 しかし貿易取引額は日米貿易摩擦とは比較にならないほど高額になっています。

1980年代の日米貿易摩擦(特に自動車産業)と日本企業の対応

 1980年代の自動車を中心とした日米貿易摩擦は日本企業のグローバル化を加速させました。日米貿易摩擦の歴史をさかのぼると、 1950年~1960年代は繊維製品、 1970年代は鉄鋼・カラーテレビ、 1980年代初めは自動車、 1980年代後半は半導体、と日本から米国への輸出が貿易摩擦の要因でした。繊維製品から半導体までの製品を見ますと、低付加価値製品から高付加価値製品に移行していることが分かります。  その後は米国から日本に対し市場開放を求め1991年は牛肉・オレンジの輸入自由化、1999年はコメの自由化(関税化)が始まりました。 直近ではTAG(日米物品貿易協定)締結に向け新たな交渉に入ることで合意しました。但しTAGは日本政府の立場での考えで米国はFTA(自由貿易協定)との見方をしています。

 一方外国為替は金本位制度を基軸にしたUSドルの固定相場制から変動相場制に変わり、US$は360円から現在の110円になりました。米国では低付加価値製品を輸入し高付加価値商品を開発・製造・販売(輸出)するスタイルを継続してきました。航空機産業はその一例です。しかし日本における経済発展に伴い、日本で高付加価値製品(自動車・半導体)を製造販売するに至り米国の経済活動・企業活動を脅かす存在になってきました。1980年代の自動車輸入規制が端的な例です。

日本の自動車産業の対米経営戦略

 アメリカでの環境規制、省エネ対策に対し日本自動車産業の取り組みが早く、また消費者への浸透と信頼を勝ち得たことにより、日本の自動車の需要が増加するようになりました。当然ですが対米輸出が増加するようになりました。 アメリカ政府は自国自動車産業保護のため、日本車の輸入規制に踏み切りました。日本の自動車産業はアメリカ市場でのビジネス拡大をめざし現地生産を決定・実行に移しました。 アメリカ生産の実施はアメリカでの雇用拡大に大きな貢献を果たしただけでなく、日本の自動車産業に部品供給している企業も同時にアメリカ現地生産に踏み切るようになりました。 ここでも新たな雇用を創出することで日米の貿易摩擦の解消につながりました。ちなみに1985年の自動車の輸出台数は310万台、現地生産は30万台でした。 2017年度の日本からの輸出台数は170万台、現地生産は380万台です。 アメリカ・ラトガース大学経済学部のトーマス・ブルーサ教授がまとめた報告によると、日本の自動車会社が米国で150万人超の雇用創出に貢献しているとのことです。日本の自動車会社に勤務している従業員(開発・製造・販売)の他に日本の自動車会社に部品供給している企業等関連企業の合算と思われますが、アメリカ人雇用への貢献は大きいと言ってよいのではないでしょうか。 また日本の自動車会社への部品供給のため現地生産拠点を設置した日本の部品供給会社は、日本の自動車会社のみならずアメリカの自動車会社との新しいビジネスを開拓・獲得することで経営拡大を図っています。

日米貿易摩擦から学ぶ米中貿易摩擦の今後

 米中貿易戦争は政治的色彩の強い貿易戦争になっています。安くて良い製品を購入するのは経済原則です。現在中国からの対米輸出品目の中心は安価な人件費をベースにした生活用品です。この商品をアメリカで現地生産することは考えられません。また現在主力輸出製品の繊維製品、雑貨はいずれ中国より人件費の安い国に取って代わられるでしょう。 日本、韓国同様、中国の経済発展に伴い人件費も上昇していくことにより、低付加価値品の国際競争力は低下していくようになります。 このため将来を見越した付加価値の高い製品での貿易が必要になります。付加価値の高い製品であればアメリカで現地生産・販売することでWin-Win関係を構築することができるでしょう。 現在の貿易戦争は政治決着以外での解決策を見つけるのは難しいのではないかと思われます。アメリカが一方的に中国に対して圧力をかけているのでなく、中国も知的財産案件・技術移転案件等、アメリカが不満を示す要因を持っています。 

 そこで重要なのがWTO(世界貿易機関)の役割です。本来貿易紛争の行司役ですがその機能・役割を果たしきれていません。本来WTOが米中貿易戦争を解決しなければならない立場ですが無力さが際立ちます。もう一度WTOの役割と権限を見直し、貿易紛争に対する裁定強化を図る必要があります。そのためには世界各国が協力してWTOの権威と権限を決め、尊重することが肝要です。