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2018-11-07

AI(人工知能) ― 犬童 健良 教授

 皆さんは「りんな」を知っていますか? これは女子高生を模したAIチャットボット[1]のことです.正直って,私の趣味ではないので詳しくは知りません.でも,会社から与えられた業務なので,今回は無理してでも(自称認知科学者としての意地として)ネタにしてみせないといけません.苦しい選択です.11月6日のCNET Japanの記事[2]によると,日本マイクロソフト社は11月5日,一般公開時期未定ながらスマートフォン向けに「りんな」の新モデルを発表しました.コンセプト動画ではスマートフォンのカメラを「目」として,りんな自身が見たものをユーザに対し,音声でコメントしながら会話できるそうです.マイクロソフトはこのバージョンを「共感視覚モデル」と呼んでいます.

 たかがチャットボットと侮ってはいけません.人と言葉でやりとりするスマートフォンiPhoneのSiriやスマートスピーカーEchoのAlexaのもこの系統の技術です.チャットボットはAIの実用化として最も有望視されるものひとつなのです.施設などの案内,テレマーケティング,コールセンターなど,現在人間が行っている部分に直結するからですが,世界のIT企業であるGoogle(Alphabet),Microsoft,Apple,Facebook,Amazonなどは,AIをそれぞれのビジネスの将来にわたる重要な事業と考えられています.一方,チャットボット程度だろうという観測は,AIに高望みしない意味合いが含まれます.一部の不注意な書き手がAI脅威論に同調して安易にネット記事を掲載することもあるようです.気を付けましょう.

 もちろんチャットボットだけが動くAIシステムではありません.ちょっと前に日本でも国立情報学研究所が開発した東ロボ君[3]が偏差値60近くまで成績を伸ばしました.将棋のプログラムと人間の棋士が対局する電王戦はドワンゴが主催しストリーミング放送されています.Ponanzaは2013年に初めて人間のプロ棋士に勝って以来,圧倒的な強さを見せてきたが昨年の電王戦後に(作者の山本一成氏が)引退を表明した.今年5月のコンピュータ将棋選手権ではヘーフェヴァイツェンというプログラムが優勝している.

 一部の分野ではすでに人間の最高の頭脳を凌駕したAIには,さまざまなタイプの技術と応用分野がありますが,RPA(ロボティックプロセスオートメーション)と呼ばれるようなより簡単な業務的作業の自動化も,AI・自動化という用語の広いくくりに入っていることがあります.

 AI・自動化によって世界中で2030年までに8億人が失業するとの見通しが2017年にシンクタンク(マッキンゼー)の報告書で述べられたことを背景に,AIの実用化の期待とともに,SNSで拡散されるAI脅威論と並行しているのが,第3次AIブームの特色でしょう.AI活用の倫理的なルール作り[4]が産官学を連携して模索されているところです.

 以下ではニュースの解説からはずれますが,少しだけAI開発の歴史を追ってみましょう.ところで,チャットボットは「チューリングテスト」に合格する知能を持つとみなせます.じつはAIはかなり昔から研究されています.チャットボットの原型は,1960年代にMITのワイゼンバウムが作った「イライザ」にあります.コンピュータ画面でユーザと対話するコンピュータプログラムで,オウム返しするだけの簡単な規則で動きますが,ユーザは人の精神科医に助言されている気分になるというものです.このタイプのお遊び用プログラムは人工無能とも呼ばれます.人間に人だと思わせることができれば,知能を持っているとみなせるという解釈もできましょう.ある種の試験に合格する頭脳であることを認めるということです(これが「チューリングテスト」です).

 1956年のダートマス会議ではプログラムを自作した研究者たちが集って,AI研究が本格化したことを世間に知らしめました.当時のコンピュータの性能は最高のものでも今のパソコン以下でした.しかし先進国は国家予算を組んで機械翻訳などのAI開発を競っていました.その後の浮き沈みがあって,「AI冬の時代」を経由し,1970年代から1980年代に一度息を吹き返し,少し遅れて日本が第5世代コンピュータという国家プロジェクトを始めて,論理で動く並列コンピュータ開発を目指し世界を震撼させました.その後インターネットとITの時代に移り,ペットロボットのブームが過ぎると,ときどき再放送されるスピルバーグの映画以外,AIが喧伝されることは久しく.ファービー,AIBO,Pino,Pleoなど,懐かしく思う読者もおられることでしょう.しかしAI研究は地道に続けられ,いくつかの分野で成功を収めていきました.実際,1996年にIBMのスーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」がチェスの世界チャンピオンに初めて勝ったことの驚きは,五輪サッカー予選で日本がブラジルを破ったことに匹敵するものでした.日本は予選敗退しましたが,同コンピュータは翌年公式ルールで見事カスパロフ氏を破りました.後年製作されたTVドキュメンタリー番組によると,ディープ・ブルーはそれ以前の規則に基づく推論(探索)に加えて「事例ベース推論」を使っていましたが,大量のデータから勝つパタンを発見するためのさまざまな手法のことをデータマイニングといい,基礎理論は今日のAIやビッグデータ処理にも使われています.映画「宇宙戦争」のトライポッドのように,その技術は地面の下でずっと待っていたのです.ITの時代を経て人間が苦労してデータを入力しなくても十分な量のデータが得られるようになるのを.

 チェスを指すコンピュータの歴史は古く,有名な香具師の大道具(The Turk)は別として,ディープ・ブルーに至る過程で,「強化学習」がチェスプログラムに用いられました.現在脚光を浴びているAIの基礎の一つにもなっている強化学習は,上手にできることは繰り返し練習できるからうまくいくという原理です.これは皆さんのする勉強と同じですね.一度100点満点を取ると勉強したくなるので成績が上がりますが,いやならやめてしまうので身に付きません.

 チェスプログラムと同様にAIで歴史があるのが,言葉を理解するコンピュータの研究です.自然言語処理とか,質問応答システムと呼ばれるものですが, 2009年にはIBM社の質問応答システム「ワトソン」が米国のクイズ番組「ジェパディ!」で人間のクイズ王に勝利しました.IBM社はコグニティブコンピューティングと銘打って,ワトソンの技術を様々な現実の場面に適用していくビジネスを展開しています.より最近ではディープラーニング(深層学習)と呼ばれる手法が応用されたディープマインド社(Google傘下)のAlphaGoが2016年に囲碁チャンピオン イ・セドル氏に勝ちました.自然言語処理と画像理解を融合することで,動画サイトに投稿されていく膨大な動画データを分類して言葉で説明をつけていくのに役立つ技術の一つとして,深層学習は話題になりました.DeepMind社は2017年には改良版であるAlphaZeroがチェスと将棋と囲碁を学習し,それぞれの最強プログラムを破ったと発表し,人の手を借りず,AI自身がAIを生み出せるようになったと宣伝しました.

 発明家・未来学者カーツライルが広めた「シンギュラリティ」(技術的特異点)という用語が社会的な話題になったりもしました.AIが人間の知能を超える日がくるという意味です.スペースXやテスラの経営者でもある富豪のイーロン・マスク氏が,ソーシャルメディアを駆使して自ら営むビジネスを宣伝しつつ,AI脅威論を煽って世間の耳目を集めました.

 お掃除ロボットを洗濯機と同じように家電として使う現代では,人とコンピュータの共同作業・分業はもはや日常のことです.しっかりお掃除ロボの通り道を確保してあげることが人間の役割です.棋士がコンピュータの差し手を研究するのもしかり.将棋のプロ棋士が試合中にカンニングをしたと疑われて報道されるということすら起きています.

 株式市場の熱狂と似て,「AI」と書くと,企業,政府,大学や研究機関で予算が付きやすいということが生じます.専門的な知識や人間のような感性豊かな発想とまったく無縁な,たんなるコンピュータプログラムでも,それまで人が行ってきた作業の一部を代行するなら,AIという名札が貼られる可能性があるのです.俗に「AIハイプ」と言うようですが,AI研究者かつ教育事業家?のロジャー・シャンク氏はこうした傾向について,ブログやTwitter,ニュースメディアを通じてAI冬の時代再来の懸念を表明しています.たしかに世界中のコールセンターのオペレーターがチャットロボットに,あるいはアマゾン.comの倉庫で働く人々が作業ロボットに置き換わったら,失業や業種間の労働力の移動が起きるのは当然です(オフショアの知的労働はグローバル化された経済の特色なので,国際関係がらみでもありましょう).労働を機械に置き換えるかどうかは,もちろん倫理の問題がからみますが,結局のところ,投資がペイするかどうかという経済性の経営判断なのです.

 古典的なAIはプログラミングが得意な研究者が知的な作業をさせるコンピュータを自作したものでしたが,第五世代プロジェクトが目指したのは論理や規則で動くコンピュータであり,ヒト特有の共感や感性や勘とは対極にあるものでした.そこで今の深層学習につながるが,やはり古くからあった脳型コンピュータの研究や人類学者も交えた状況学習理論といった反論理性(失敬)に基づく手法に光を当てることにもなったようです.コンピュータにまねできないことができても無価値とみなされるのが,冷徹な市場の論理であり,そこに人間は不安を感じるわけです.

 企業や国家がAIに注目し多額の投資や予算をつけるようになってきているようです.Wikipediaの「AI」についての記事は,いろいろ問題点が含まれるようですが,各国のAI開発の状況が参考になります.米国の脳研究プロジェクト「BRAIN Initiative」,フランスのAI分野への開発支援予算とイギリスとの長期的な連携, EUの「Horizon 2020」計画など,アジアでは韓国が2022年までに20億ドルを投資する.先日は日本とインドのAI分野の共同研究開発が日本経済新聞などで報じられた.中国では第13次5カ年計画で2016年からAIを国家プロジェクトに位置づけた.複数専門家による見解として,ヘルメットや帽子にセンサーを埋め込んで国民の脳波を監視するプロジェクトやAIによる管理社会化の同技術を,中国は中東・アジア・アフリカ・南米などに輸出しており,人権抑圧に利用される可能性が懸念されている.また中国は2013年以降ディープラーニングに関する論文数で米国を超え,AI覇権国家に向かって進もうとしています.

 さて,最後に,2016年1月に没した人工知能の研究者マービン・ミンスキー氏は,晩年の著作『感情をもつ機械』(イモーショナル・マシーン.邦題は『ミンスキー博士の脳の探検:常識・感情・自己とは』(竹林洋一訳))において興味深い論考を示しました.ミンスキー氏といえば,知識表現の「フレーム」理論や「心の社会」という考え方でよく知られていますが,同書における基本的な観点は,「感情は思考を阻止する」という点です.常識的ともいえるこの観点をつきつめて学術的に論じた研究はまだないと思われます.しかしその発想は明らかにミンスキー氏が若い頃に勉強したある数学を背景にしていることがうかがえます.

 GANs(ジェネレーティブ・アドバーサリアル・ネットワーク;敵対的生成ネットワーク)と呼ばれる手法は,ディベート的な戦法です.GoogleのAI研究者たちが最近のAIを支える重要な戦略とみなしているものですが,詳しい仕組みは明らかにされていません.同上書の中でミンスキーは20世紀初頭の行動主義者を,ある種の選択バイアスに陥っていると診断している件があるのですが,それは理解できなくても動くものを作って満足するAI研究の揶揄ではないか,と思える節があります(ビジネス上秘密にしたい動機もあると思われますが).だからといって,動かなくても理解できれば良いとも,いいにくいのですが.ミンスキーが示した思考の阻止としての感情,それを脱出するのに役立ついくつかの思考の道(それは反対に感情の阻止としての思考でもある)が提起するのはそこかもしれません.いや,これはたんなる勘ですが.

 ロボット三等兵という昔の漫画があります.ロボット三等兵は戦闘用ロボットとしては無能でありながら,感性豊かな人間性をもっています.これは語弊かもしれませんが,本当は賢くなくても役に立てばよいのだという考え方は「弱いAI」と呼ばれます.「強いAI」は人間らしい精神を持ったコンピュータを開発しようとします.認知科学の旧来からのスタンスもまたGANs的です.工学者がどんなに便利なAI,ヒトに似せたAIを製作しても,人とは異なるものだと批判を試みます.いわばヒトの知能の深いところを理解するための反面教師としてAIを役立てようとしているわけです.ちなみに,行動経済学者が,標準的な経済学の仮定する架空の人類(ホモエコノミカス;エコン)を標的として,本当の人類(ホモサピエンス;ヒューマン)をモデル化しようとしているのと,どこか似ている気がいたします.ヒトの知能や意思決定を,感情型のシステム1と熟慮型のシステム2が拮抗するデュアルプロセス(二重過程)とみなすアプローチは,認知科学および行動経済学で注目されています.

参考URL
[1]マイクロソフト.りんな女子高生AI.https://www.rinna.jp/ (2018年11月7日閲覧)
[2] engaget日本語版(金子 麟太郎).日本マイクロソフト、スマホ向けのAI「りんな」を発表:「共感視覚モデル」の搭載により、自然な会話が可能に. 2018年11月5日  https://japanese.engadget.com/2018/11/05/ai/ (2018年11月7日閲覧)
[3] 国立情報学研究所.ロボットは東大に入れるか.プロジェクトの紹介.https://21robot.org/introduce/index.html (2018年11月7日閲覧)
[4] 日刊工業新聞.失業するかもしれない…AI脅威論の払拭を模索する研究者たち
産総研がAI三本柱戦略. 2018年6月19日.https://newswitch.jp/p/13360 (2018年11月7日閲覧)