経済学部経営学科

2010年4月28日 (水)

駅弁と発表 ―東 倫広准教授

 プレゼンテーションZenの作者であるガー・レイノルズさんはある日東京での仕事を終えて東海道新幹線で大阪へ行く途中、隣席の日本人ビジネスマンの発表用スライドを眺めて駅弁を食べながら心の中に次の疑問を感じた:「目の前にある日本の弁当はすばらしく効率的で、献立は十分練られており、無駄なものは一切ない。それに比べて、通路越しに見えるPowerPointのスライドは、まとまりがなく、とても分かりやすいとはいえない。なぜ日本の駅で売られているシンプルな駅弁の精神を、ビジネスに関するプレゼンテーションに取り入れることができないのだろうか?」

 確かに今まで日本で聞いた発表はギッシリ内容を詰め込んだスライドを聞き手の目を合わせずに読み上げていくことが多かった。外国人の目線から見ればそれは「発表する」より「示す」という意味が強いであろう。なぜ漫才や笑い芸人のパフォーマンスは簡単で分かりやすくて誰でも心から笑えるが、発表だけは苦手なのか。

 物事をはっきり言わなくても日本人同士の間に理解できるので、発表という行為はただの儀式に過ぎないかもしれない。そしてPowerPointは発表用の道具ではなくデータを示すためのノートパットである。発表の必要性を感じない日本人は自然に発表内容や順番を聞きやすいように工夫しようとしないのであろう。ビジネスの世界では花より団子、華やかな発表儀式よりサービスや製品の中身がよほど重要だと考えられているため、発表は常に重要視されていない。

 もう一つ考えられる理由は、場を大事にする日本人は例え発表者のプレゼンはまずくても我慢して最後まで聞く。なぜかというと、一生懸命発表資料を用意してプレゼンしてくれる人に対して不満を表すことは、発表テーマを理解しようとしている「皆の場」を邪魔することになる。同じように電車中の迷惑行為を誰も止めないのは、同じ電車にいる乗客の場を破壊したくないからである。そのために発表者は永遠に自分のプレゼンがまずいという実感がなく改善しようとしないのであろう。

 「世界一分かりやすい授業」という番組をよく見る。短い時間の中に講師は番組が用意したセリフを読み上げたり、授業に関連する実験をやったり、司会者の冗談を混ぜたりして、確かに分かりやすかった。しかし今まで視聴した「授業」はどのぐらい印象に残ったのかを自分に問った。分かりやすいだから忘れやすいなのかもしれない。駅弁や漫才などその場で喜びを感じた後さっぱり忘れることが大丈夫のであれば、発表を短い時間に理解できるように工夫する必要がある。しかし教育現場で教員のプレゼンである講義をわざと少し聞きにくくして、学生に知識の塊を組立ててもらうことは教育効果を向上させられるかもしれない。

2010年1月19日 (火)

エコカーと技術開発

経済学部 間普崇 講師

 最近は、エコカーに関する話題に接する機会が増えている。エコカーとは、排気ガスが少なく燃費のよい環境性能に優れた車のことをいうが、エコカーに対する減税や補助金の制度が運用されていることもあり、各自動車メーカーがいかにエコカーに力を注いでいるかはテレビCMを見てもよくわかる。街中でも、トヨタ・プリウスやホンダ・インサイトといったガソリンエンジンと電気モーターを搭載したハイブリッド車をよく見かけるようになった。

 自動車メーカーが環境性能のよいエコカーを生み出すには、新しい技術(例えば、効率のよい電気モーター・システム)が必要とされるが、自動車メーカーに限らず多くの製造業企業は、技術開発を実現するための研究開発活動に取り組んでいる。企業の研究開発活動は、これまでになかった新しい技術を発明することを主な目標としているため、一般的に技術開発を実現するまでに長い期間(数年~十数年)がかかるものである。初代プリウスは、90年代初めから開発がスタートされ、量産体制を確立して販売が開始されたのは1997年であった。

 会計の視点からいうと、企業の研究開発活動への取り組みは「研究開発費」という費用支出の金額によって知ることができる。企業の「研究開発費」は、その企業がどれだけ将来のために投資しているかを表しているといえる。なぜなら、先に述べたように技術開発の実現には長い期間がかかるため、現在の「研究開発費」が企業に収益をもたらすのは数年(あるいは十数年)後になるためである。

「研究開発費」の金額を短期的な視点(その年限りの見方)で見ると、その金額が少ない方が、その金額分だけ利益が大きくなるのでよいと判断できる。ただし、長期的に見た場合には、「研究開発費」という将来への投資を全くおこなわない企業が、近い将来に競争力を失って利益を獲得できなくなるであろうことは容易に想像できよう。「短期の視点」と「長期の視点」という見方の違いを理解し、これらを適切にバランスさせることが重要なことである。

学生の皆さんには、物事を複眼的に見ることと、将来のための今やるべき努力を粘り強く続けていくことを期待しています。

2009年12月 2日 (水)

デフレ経済とハーシーズの解決法‐あるいはマイナスのハロー効果と一薫一蕕‐

経済学部 黒田哲彦 教授

 つい最近まで世界に冠たる経済大国として内外から脚光を浴びていたこの国は、今や一転、消費低迷と物価下落のデフレ経済に呻吟している。こうした中、止めどない価格 (切り下げ)圧力と競争圧力にさらされ、対応に苦慮している日本企業は少なくない。

 かつて米国のハーシー・フーズ(Hershey Foods Corp.)社は、カカオ豆の価格上昇に際し、板チョコを小さくして危機を乗り切ったことがあるが、このような製品小型化による対応方法は、後に同社のチョコレート・ブランドであるハーシーズの名を冠して「ハーシーズの解決法」と呼ばれるようになった。激しい競争圧力の中にあって、原料高騰を理由にチョコレートの値上げはできず、かといって他に有効な選択肢が見あたらない、という状況の中でとられた苦肉の策である。

さて近頃わが国の企業でも、たとえば、「1割増量」の場合には特筆大書するにもかかわらず、実質値上げの「1割減量」等の場合には、前段の「解決法」に倣ってか、だんまりを決め込む企業が増えている。だが、こうした価格据え置きのままの製品小型・少量化、あるいは小型新容器への変更等でカムフラージュした実質値上げの新価格設定は、その値上げの事実を何らかの形で分かりやすく明示し、かつまたそれ以外にとるべき手段が見出せない場合にのみ許されるのである。

 最近の風潮にみられるように、実質値上げについて故意に触れず、安易にこの手法を乱用すると、それは自社に致命傷を負わせる諸刃の剣になることを、企業は果たして認識しているだろうか。というのも、このような顧客・消費者に無告知の巧妙な値上げは、対外的には信用の失墜、対内的には弊風の跋扈という事態を招きかねないからである。

 一たびこうした方法に頼ると、それに気づいた買い手、とくにリピート顧客・消費者の間にはその企業に対するマイナスのハロー(光背・後光)効果が生じ、その企業イメージとブランドは大きく傷つくうえに、不信の念は当該企業のすべての商品にまで波及するに違いない。

 さらにまた、不正直で不誠実なこの対応方法は、やがて組織成員、企業文化・風土等にも影響を及ぼさずにはおかないだろう。その結果、企業全体が一薫一蕕(香りのよい草と悪臭を放つ草を一緒におくと、よい香りは消えて悪臭のみが残る、すなわち善事よりも悪事がはびこりやすい)の弊に陥り、困ったときには顧客・消費者に分からないように、こっそり誤魔化せばよいという悪風を醸成することになりかねない。

 「1日だけの商売をしたければ安売りを、1週間だけの商売をしたければ広告宣伝を、末永く商売をしたければ正直に」 という箴言があるが、至言というべきだろう。            

2009年11月25日 (水)

「事業仕分け」の見分け

経済学部 入江 省熙教授

ニュースは、伝える側の意図と聞く側のスタンスによって大きく実態から離れてしまうことがよくある。また、各国間における立場は、大きな温度差も存在するため、国際的なニュースはさらに真相が不透明になることが多く見られる。

日本の場合政治の役割は、国民生活においても、世界的な傾向からしてもあまり大きな影響力をもたない分類に属するといえる。しかし、慣れない与野党逆転による民主党政権の諸政策は、偶然ヒット商品を出してしまった企業のようにみえる。また、予想外に売れてしまった芸人にもみえる。仕事は人がするのではなく、組織が行うものである。担当者が変わることによって業務内容や方向性が大きく変わらなければならないということは、その分組織が未熟である証拠でもある。さらなる組織の活性化とその効果を高めるために個性豊かな人材を活用するのである。そもそも「事業仕分け」という作業を、いまさらこのような形でしなければならないほどの政府に、我々は今日までに国の将来と自分たちの生活の多くを任せていたのかと思うと悲しくなる。天下りを無くしたい意向も分かるが、活用も検討してほしい。日本の最高の人材の多くは官僚のなかにいるのではないか。

このような「事業仕分け」のお蔭様で様々な事業や団体の存在とその事業に対する予算規模がみえたことは幸いである。伝えたい側の意図に左右されず自分の冷静なスタンスで各事業に対する見分けが必要になるといえる。

2009年10月14日 (水)

ITと共に成長する社会:ビジネス、マネー、そして・・・

犬童 健良教授

前口上
IT
の役割と使命は、PCに閉じこもった世界から、ネットにつながり、無線とモバイルに延長されたことによって、その意味を変えました。わずらわしい手間を要する作業から私達を解放し、より付加価値を生みやすい諸活動へと導くものとして。いってみれば、かつて掃除機や洗濯機が、家事労働を軽減したことにそれは似ており、もはや洗濯板と石鹸で衣服を洗う時代に戻ることはなさそうに思えます。本文書は、ITの現実応用に少しでも関心を持ってもらうために、最近、いくつか気になった記事を挙げておこうと思います。また以下の文章は、経営情報論のレポートや定期試験に題材として用いるかもしれませんので、注意深く読んでください。内容は以下の3項目についてです。

  • 流通BMS

  • 電子手形

  • モバイルマネー

なお前述の授業では、クラウド(SaaS)についても執筆するつもりと言いましたが、別の機会に譲ります。

流通BMS

流通サプライチェーンは、商品の製造・流通・販売(製・配・販)にわたって商品(とくに消費財)を消費者に届けるしくみです。たいてい複数の会社を経由しますが、さまざまな業態あるいは商品分野で、少しずつ違ったタイプのメッセージがやりとりされてきました。
企業間の電子的データのやり取りには、これまで共通の仕様がなかったわけではありません。EDIJCA手順)と呼ばれる仕様が1980年から用いられてきました。しかし業態間、あるいは商品分野が違いますと、情報連携がうまくいかず、消費者にメリットを提供する仕組みとして改善すべき点がどうしても残ってしまいます。またその原因のひとつが、情報交換の内容と方式がじゅうぶん標準化されていないことだと指摘されていました。しかし、この問題を個別企業の努力だけで解決することは困難だったのです。
 代替手段としてWebEDIが作られたのですが、これも問題がありました。インターネットを通信インフラに採用して通信速度は向上したが、モデム類などハードウェアの管理が必要で、ソフトウェアも全自動でなく部分的に手動操作が必要とされたり、各社個別の画面になるなど、かえって業務を非効率にしたり現場を混乱させてしまいました。結局、EOSEDIWebEDIといった複数のしくみがすみ分ける状況となり、取引先がたくさんある会社の悩みは減るどころかますばかりでした。
  そのため、経済産業省は2003年度~2005年度の3年間、「流通サプライチェーン全体最適化促進事業」、また2006年度から20092月までは 3ヵ年計画で「流通システム標準化事業」を実施し、新しい標準EDIを「流通ビジネスメッセージ標準」(流通BMS)と名付けて策定を進めることにしたのです。

BMSBusiness Message Standards)は、通信基盤にインターネット(TCP/IPべースの3手順)を使い、業態ごとのメッセージフォーマットを標準化し、セキュリティ対策も含め、統一ルールの下で運用するしくみになっています。以下に流通BMSに採用されている3つの通信手順を簡単に説明します。

  • ebXML MS

     国際標準。アジアでの採用が多い。取引量が多い大企業向き。

  • EDIINT AS2

     EDINTが策定した国際標準。ウォルマートで採用。取引量が多い大企業向き。

  • JX手順(SOAP-RPC

    国際標準に基づく日本独自の通信手順。取引データ量が少ない中小企業向き。

画像情報を含む流通BMSにより、取引業務のスピード化、業務の正確性向上、コスト削減など、多大な効果が期待されます。取引先コードや商品コードには、「共通企業識別コード(GLN)」や「共通商品識別コード(GTIN)」が採用され、取引の国際化に対応しています。またデータ表現形式にはXMLが採用されたことにより、固定長データだったJCA手順では不可能だった豊かな情報を扱えるようになりました。
 またJCA手順では、通信インフラが電話回線でしたので、高々2400bps/9600bpsの通信速度しか得られず、膨大なデータをやり取りしなければならない卸・メーカーや小売店は参ってしまいます。アフリカのある国で,同じデータをアナログモデムで通信すると半日かかるが、伝書鳩にUSBメモリくくりつけて送ったら数倍早かったという笑い話があるそうですが、実は日本で起きた出来事だったという可能性もあります。ブロードバンド環境が整備された現在の日本なのに、そんなことが起きるのは”Shame!”でしょう。
 実運用に向けて、スーパー業界では、他に先駆けて20074月に業界向け流通BMSの基本形が公開されており、その導入に進んでいます。2008年度から順次、百貨店業界、チェーンドラッグストア業界、ホームセンター業界、アパレル・婦人靴業界において取引に必要なメッセージの検討、共同実証研究、仕様公開、実運用に進もうとしています。詳しくはウェブ記事[1][2]をご覧ください。

参考URL
[1]
経済産業省 流通システム標準化事業 http://www.dsri.jp/scmpjt/bms/index.html
[2]
同上流通BMS導入講座 流通システム標準化概説 http://www.dsri.jp/scmpjt/public_info/bms_seminar.html


電子手形

日本経済新聞[3]は、電子手形(電子債権)取引が、11月に始まる予定だが、これに約7000社が参加する見通しと報じた。同紙によると、ホンダ、JFE商事、パナソニックなど主要企業10社は、三菱東京UFJ銀行の子会社を通じて発行される電子手形を、下請け企業への代金支払いに使うための準備を進めているそうである。一方、従来からある手形取引は偽造や盗難などの問題もあって、取引量が激減しているため、中小企業の資金繰りに影響していると同記事は分析している。また参加企業は数万社規模に拡大する可能性が高いと推測されている。翌日に同紙[4]により、信金による導入が報じられ、また13日に積水ハウスによる導入がMSN産経ニュース[5]によって伝えられた。建設業界はすそ野が広いことで有名だが、積水ハウスの場合、利用対象は取引先など約1千社、コスト削減3千万円以上と予想されている。
 信金中央金庫の資料[6]によると、電子手形サービスとは、支払情報(支払金額、支払期日、受取人)を電子化して、従来の企業間信用取引をインターネット上で行う決済サービスである。(なお電子手形は、現物の手形と類似した使い方ができるが、手形法上の手形ではなく、電子記録債権法によって規定されると考えられる。)
 同資料によると、電子手形サービスは、その利用者、提供者、運営者の3者で構成される。利用者である企業(法人・個人事業主)は、電子手形サービスを提供する金融機関を通じて、運営者である電子手形センター(および電子認証局)に申込みすることにより、電子手形サービスを利用することが可能である。
 電子手形の導入は、印紙や領収書の発行量を減らし、取引先による集金や金融機関に行く手間を省く。沖縄実証実験の資料に示された別のメリットは、手形の分割である。従来は親企業、一次下請け、二次下請けと支払いを手形で行う際、手形を二次下請け分まで予め分割しておく必要があったが、電子手形では手形を受け取った側で金額を(一定の範囲で)自由に分割できるので、その手間を省くことができる。そのほか利用側の企業、提供側の金融機関の双方にとってメリットは色々とあるが、とりわけ企業側の「資金調達手段の多様化・迅速化」メリットと金融機関側の「運用手段の多様化」メリットが同資料中では強調されている。ただし平成16年に沖縄で行われた実証実験を通じて、未解決の問題点も多く指摘されていた。例えば

  • 決済の同期性の確保

  • 適切なセキュリティ確保

  • 取引の安全性の確保

  • 管理機関が複数並存することの是非

である。これらの点が、平成20年12月施行の電子記録債権法および今回の一連の電子手形取引導入においてどのように解決されているのかは検討を要するが、日経他の記事からだけでは不明な点がある。筆者は法律の専門家ではないため、判断は控えたい。とくに電子記録債権法では電子債権記録機関(つまり電子手形サービスの運営者)の「兼業の禁止」(第57条)が規定されている[7]。「電子債権記録機関は、電子債権記録業及びこれに附帯する業務のほか、他の業務を営むことができない。」 

 また、せっかく現金化が面倒な手形での支払いが減り、キャッシュで支払ってくれるようになってきたのに、電子手形に置き換えられていくことを不安視する声もネット上で見かける。その辺りの不安を解消する説明はとうぜん下請け企業に対して行われているとは思うが、注意しておくべきことであろう。

参考URL
[3]
日本経済新聞 2009年10月11日朝刊 電子手形に7000社参加へ
(日経ネットの電子版)https://docs.google.com/Doc?docid=0AXrb7VXSEqN-ZGRuenBidHZfMjczamJkOXM4ZG0&hl=en
[4]
日本経済新聞 2009年10月12日 電子手形、地銀も参加へ
(日経ネットの電子版)http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20091012AT2C1100211102009.html
[5] MSN
 産経ニュース 積水ハウスが来年2月から電子手形取引を導入 2009.10.13
https://docs.google.com/Doc?docid=0AXrb7VXSEqN-ZGRuenBidHZfMjczamJkOXM4ZG0&hl=en
[6]
信金中央金庫 電子手形サービスの概要と沖縄実証実験について http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/dai2/siryou/20060921/02-01.pdf
[7]
電子記録債権法条文 http://law.e-gov.go.jp/announce/H19HO102.html

モバイルマネー

電気通信事業者協会の統計[8]によると、携帯電話の契約数は、20099月で109,633,800件である。日本の総人口は、統計局によると同年9月概算で12754万人である[9]。単純に割り算すると、86%程度の普及率である。
  一方、Economist[10]によると、アフリカでも、10人に4人が携帯電話を所有しているが、世界で最も貧しい人々に経済力を与えるツールになりつつあるという。こうした国では、悪路や遅い郵便網のおかげで情報伝達が遅滞しがちだが、そのことが経済成長に直接的なダメージを与えているのだという。同記事は世界銀行の調査を引用して、携帯電話保有率が10%増加することによって、GDP(国内総生産)が0.8ポイント上昇するという趣旨の指摘をする。「携帯電話は全世界で40億台以上使われており、その4分の3は発展途上国向けだ。」

一方、日本の携帯電話は高機能すぎて値段が高く、通信方式が国際標準でないため、そのシェアを奪うことが困難である。いわゆる「ガラパゴス化」しているというのは、とりたててこの英国の権威ある雑誌に諭されるまでもなく、(実際に同記事には日本のケータイがどうのこうのという話はいっさい触れていないが、)業界人にとってすでに耳タコであろう。
 記事[10]の続きは次のように翻案できる。街角の商店で、プリペイド式携帯電話の通話料金をチャージしている。こうして新たなビジネスチャンスが必然的に生まれた。「モバイルマネー」である。そんなインフラの悪い地域に、銀行が支店を出すことは大きなリスクを伴うだろう。かといって自分で運んだり、人に預けたりするのも危ない。しかし現金をモバイルマネーの口座に預けるのは簡単だ。ケニアの「M-PESA」がその成功例である。

日本でいえば、コンビニでATMを使うのと、やや似ているところがあるけれど、モバイルとの連携がより密接である。ところでプリペイド方式のケータイが、なぜ途上国では、わざわざモバイル「マネー」と呼ばれるのか。それは前出の電子手形が手形と呼ばれ、たんなる代金引換証ではないのと似ている。それは人から人に譲渡でき、かつ現金の役割を果たすのである。他のモバイルユーザーに送金でき、相手はコード付きのテキストメッセージを受信すれば(口座があってもなくても)商店で現金を引き出すことができる。逆にスイカやエディにチャージした金額や飛行機を使ってためたマイレージポイントは、他人に送金する使い方をしない限り、有価証券ないし債権である。

 アフリカやアジアやその他の貧困国にモバイルマネーが広がると、影響ははかりしれない。「ケニアのM-PESA利用者の世帯所得は、モバイルバンキングを始めてから、最大30%増えた」とかいった、かつて耳にしたデジタルデバイドを思い起こさせる統計が引き合いに出される。物理的に余計な移動をしなくてよくなったから、その分、お金の儲かる仕事に時間を割けるのだという、尤もらしい説明までつけられている。ただし、少額融資のしくみが、最貧困層にとって致命的な状態に陥るのを救う役割があるというのは、近年、いろいろな人がいろいろなところで主張するに至っているので、モバイルマネーの場合も、なるほどそうであろうかと考えさせられてしまう。 

 「たとえ小額でも、いざという時に頼れる貯蓄があれば、医療などの予期せぬ出費があっても、牛を売ったり子供に学校を辞めさせたりせずに対応できる。・・・中略・・・モルディブでは、2004年の津波で大勢が蓄えを失った。同国は全国民を対象とするモバイルバンキングを2010年に導入することを目指している。」([10]より引用)

 金融派生商品は、ITを活用する新金融技術のかたまりであり、同時に金銭欲のかたまりでもある。それが世界的な金融危機のきっかけになったおかげで、それ自体、悪者あつかいされがちだ。同じITの金融応用でもモバイルマネーの場合、弱者の味方というわけである。もしそうならもっと広く普及してよいだろうという道義がたつ。一方、その成長を妨げる銀行と規制当局は悪者扱いだ。銀行にとって携帯電話事業者がライバルになるとか、モバイルマネーが詐欺や資金洗浄に悪用されることを規制当局が懸念すると同記事は指摘する。

 しかし、逆説的ではあるが、銀行がライバルになったり、資金洗浄に悪用されたりするほど大金が安心して隠せるようになるのは、モバイルマネーが人々をある程度豊かにした後ではないかと思われる。実際、一部の銀行は携帯電話事業者と提携してモバイルマネー事業を進めるようになったという。アフリカ最大の携帯電話事業者MTNは、スタンダード銀行と共同でウガンダでのサービス進出を足がかり、アフリカ全土への展開を目指しているそうである。

 というわけで、エコノミスト誌の記者はビジネスチャンスを強く訴えて記事を締めくくります。最初に述べましたように、個人的には日本のケータイには大変お世話になっています。ガラパゴス化を嘆いたところでしかたありませんが、モバイルマネーが必要なのは後進国ばかりではないかもしれません。

参考URL
[8]
電気通信事業者協会 http://www.tca.or.jp/database/download.html
[9]
統計局ホームページ 人口推計 http://www.stat.go.jp/data/jinsui/tsuki/index.htm
[10]
英 エコノミスト誌 2009926日 通信産業:モバイルマネーの威力 (JBPressによる訳)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1826


以上

2009年7月16日 (木)

ヤンキー・カム・ホーム

経済学部 駒田 純久准教授

消費社会や消費文化研究の中で、「ヤンキー」の台頭が目立ってきました。今年に入り、難波功士の『ヤンキー進化論』(光文社新書)や五十嵐太郎編『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社)など、意欲的な論考が出版されています。もちろん、これまでにも不良・ツッパリ・暴走族といった社会のアウトサイダーを取り上げた研究は少なからず存在していました。しかし、今回のヤンキー論は、不良文化だけに規定されない、日本の地方社会に根を張った「ヤンキー性」(故ナンシー関のいう「血中ヤンキー度」)に注目した点に新しさがあります。

 したがって、映画やドラマでヒットした『ルーキーズ』、『ドロップ』、『クローズZERO』、『ごくせん』といった分かりやすいヤンキー物のみならず、セカンドバッグ、光り物へのこだわり、よさこいソーラン、相田みつを風の日本語のメッセージが(ラーメン屋のメニュー風に)書かれたTシャツ、ニセモノのヴィトンなども研究の射程に入ってきます。そこで、問題となるのは、ヤンキー性なるもの、「かっこいい」と感じるヤンキー的美意識です。

 長い間、日本社会における若者文化は、海外>都会>地方というように、明確なヒエラルキーがあり、審美的に東京もしくは海外の優位性はゆるぎないものでした。そのため消費文化の先端を意識すれば、自然と研究者の目は東京やNYに向けられました。実は、90年代後半から注目されたオタク論研究も、その文化の聖地としてのアキハバラという東京の都市を基点とするために、このヒエラルキーを脱したものではありませんでした。また、ロハスや北欧スタイルといった海外移入文化もその担い手は都会に住む人たちでした。

 しかし、ヤンキー論で取り上げるヤンキー性、ヤンキー的美意識は、地方で育まれてきたものです。なぜなら、地元を愛し、地元で働き、若く結婚し、たくさんの子どもをもつことがヤンキー的美意識における「かっこよさ」であり、地域共同体の紐帯から抜け出すことは、ヤンキー性の喪失につながるからです。(だから、東京で生まれ東京で育った人には、ほとんどこのヤンキー性がありません)

 当然、潜在的にヤンキー性を帯びた人(地方生まれの人)は、かなりの数にのぼり、日本社会のサイレント・マジョリティを形成していると推測できます。ナンシー関の、「日本で流行るためには、ある種のヤンキー性を帯びていなければいけない」という洞察はきわめて的を得ていると考えられます。

脱「東京」、脱「海外」の消費文化に注目が集まることは、今流行りの「地方分権」のキーワードにも結びつきます。さらに、漢字を好むヤンキーの「和」のテイストは、海外文化の流入を遮断して開花した「国風文化」時代の兆しかもしれません。

2009年6月17日 (水)

金融危機と時価会計

                                教授 隅田一豊

慶応大学、上智大学及び早稲田大学は金融危機の直撃を受け、093月末時点において、各々535億円、110億円及び28億円にのぼる金融商品の評価損を計上したことが新聞等で報道されましたね。このニュースは、会計学を学習している学生諸君はもとより、会計にはあまり関心のない諸君にも記憶に新しいところだろうと思います。

これらの有名私立大学が金融商品の運用に失敗し、多額の評価損を計上し、これを広く社会に情報開示することになったのは、学校法人も民間の営利企業と同様に、時価会計のルールを採用しているからです。ここで時価会計というのは、実体が所有している金融資産(例えば、株式や債券など)を取得時の原価ではなく、期末の時価(市場価格)で評価し、取得原価と時価との差額を評価益(原価<時価)又は評価損(原価>時価)として処理する会計ルールをいいます。

このように時価会計は、資産の時価を期末の市場価格で評価することによって、企業価値をできる限り正確に表示し、企業財務の透明性を高めようとするものです。このため、欧米諸国においては、時価会計は、株主や債権者などの情報利用者に対して有用な会計情報を提供する善玉として、積極的に導入がなされてきたのです。

我が国もこうした動向を踏まえて、会計基準の国際的調和化という、いわゆる錦の御旗のもとに、欧米諸国に追従して、金融資産等について時価会計を導入したのです。

ところが、諸君もよく承知しているように、近年における金融危機の影響によって、金融商品は大幅に下落し、企業は巨額の評価損を計上することになったのですね。特に、多額の金融商品を所有する金融機関では、巨額の評価損を計上することが避けられなかったのです。しかも巨額の評価損によって赤字決算が続くと、金融機関の経営の健全性を示す重要な指標である自己資本比率が急速に低下することになります。

かくして、時価会計は、金融危機を加速し、金融不安を増幅する悪玉であると批判され、欧米諸国では、時価会計の見直しを迫られ、その緩和措置が採られることになったのです。すなわち、国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board)や米国の財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board)は、金融機関が金融資産の評価額を独自に決定できる対象を拡大することによって、また金融機関が所有する金融資産の所有目的の変更を認めるなどの緩和措置をとることによって、金融機関が計上する評価損の圧縮を図ってきたのです。

このような時価会計ルールの緩和措置の導入によって、一方では、金融不安を抑える効果が期待されていますが、他方では、財務内容の透明性が薄れ、時価会計に対する不信感が増大しています。さて、学生諸君は、以上のような時価会計の善玉説と悪玉説のいずれに軍配を上げるのでしょうか。大変興味のあるところです。なお、本解説で取り上げなかった減損会計、低価主義、負債の時価評価などの時価会計については、いずれ授業の中で詳述することにしたいと思います。乞うご期待!

2009年5月18日 (月)

コンビニ、成長鈍化、タスポ効果一巡

経済学部 今井 利絵 准教授


 2008年4月14日付の日本経済新聞朝刊に、コンビニエンスストア各社の成長が鈍化し、たばこ自動販売機用成人識別カード「taspo(タスポ)」導入に伴う集客効果が一巡し、消費低迷を背景に集客競争が激化するという内容の記事が掲載されていました。

ご存じのように1970年代から本格展開が始まったコンビニエンスストアという小売業態は、24時間営業に加えて、おにぎり、弁当、おでんなどの持ち帰り食の「中食」MD(マーチャンダイジング)の徹底により、利便性を提供することで、若者を中心に消費者の支持を受け急成長しました。その後も、宅配便の取り次ぎ、公共料金収受、ATMなど、店舗の社会インフラ化を推進することで成長を持続してきました。今やコンビニエンスストア11社の平成20年の年間売上高は7兆8566億円、国内のコンビニエンスストアの店舗数は、4万2千店と約人口3000人に1店舗のレベルまで普及しており、単純計算では、赤ちゃんからお年寄りまで日本人1人あたり、年間5万4000円もコンビニエンスストアを利用していることになります。このように普及が進んだ結果、ここ数年は、成長が鈍化してきていました。

そのため、抜けそうでなかなか抜けなかったのが、毎年前年割れを続けている百貨店売上高。今回「タスポ効果」により、コンビニエンスストアは一気に抜くことができたわけです。「タスポ効果」とは、たばこ自販機用成人識別カードを持たない人がタバコ購入を目的としてコンビニエンスストアに来店し、一緒に他の商品も買う「ついで買い」の効果により、売上が大きく伸びたことを指すのですが、この効果、驚くなかれ、2004年から前年割れの傾向を続けていた既存店ベースの売上を5%以上向上させ、これにより大手3社のチェーン全店売上高、営業利益ともに過去最高を更新することになりました。ちなみに売上トップの小売業態はスーパーですが、こちらも前年割れを続けるものの、昨年実績で売上高13兆2754億円。さすがのコンビニエンスストアでも追いつくのには一苦労です。

今後は消費低迷の中、タスポ効果も一巡し、各社が集客を落とさぬよう、コンビニエンスストアでは御法度であった価格競争を含め、激しい競争が始まっており、さらに小売業第1位のスーパーからも新たなライバルが登場しそうです。高齢化社会が進むにつれ、家から近いコンビニでの買い物が増加すると予測したイオンは、売り場面積がコンビニ規模の超小型スーパーを本格的に出店すると発表しました。10年後この勝負はどうなっているのでしょうか。

さて、この「タスポ効果」は、法律が変わることにより市場に大きな変化が起こるという、非常に分かりやすい事例だといえます。コンビニエンスストアの経営者も予想外の効果だったそうですが、そもそもタスポの導入は、2005年に発効した世界保健機関(WHO)のたばこ規制枠組み条約に、たばこ自販機の未成年者の利用制限を求める条項が盛り込まれたことに起因します。この条約を受け、財務省はたばこ事業法に基づき、自販機に成人識別機能を付けることを義務付け、業界団体によりタスポが導入されました。結果として、多くの喫煙者が面倒に感じて、タスポを申し込まなかったため、コンビニエンスストアに「タスポ効果」が表れたわけです。条約が批准され、成人識別機能が義務づけとなったときに、ここまでの影響は予想されませんでした。

今年は衆議院選挙がありますが、本学の学生の皆さんにも、このように私たちの生活や市場、企業に大きな影響を与える法律の成立に関わる政治にもぜひ興味を持っていただき、選挙権をお持ちの方は必ず投票に行っていただきたいと思います。