法学部法律学科

2009年11月30日 (月)

音楽著作物の楽しみ方は違法ダウンロードの禁止で変わるか。

法学部  加藤暁子 准教授

音楽も文学、画像や動画も、その内容が電子データ化される機会が増え、楽しみ方が多様になると、それらの著作物に係る著作権との関係が議論になる機会も増えている。グーグルによる絶版書籍の画像データを収集、インターネット公開しようという図書館構想が、米国のみならず世界に波紋を投げかけているし、映画を見に行くと、“映画館内でこっそり撮影した映像著作物をインターネット上にアップロードして視聴可能な状態にする行為は、法律で禁じられている違法行為です”というキャンペーン映像が流される。インターネットのサイトにアクセスして、自分がファンであるアーティストの音楽作品を携帯電話やPCにダウンロードして楽しむ人も、少なくないだろう。だが、そのダウンロードを、著作権を有するアーティスト等の著作権者に、著作権使用料を支払わない、いわゆる違法サイトから行うとすると、大好きな当のアーティストを苦しめることになりかねない。20101月から、違法なサイトからデータをダウンロードする行為もまた、著作権の侵害に当たることになった。

技術革新につれてメディアにも栄枯盛衰があり、近時では、インターネット環境において、電子データ化された著作物利用が増大し、従来のハード著作物の利用が落ち込む傾向が明らかだ。

日本レコード協会は、1950年代から現在までの音楽ソフトの種類別(メディア別)生産の、数量や金額の統計を、ホームページに掲載している。以下、金額ベースで見ると、初期から1980年代にかけて、「SP」、「17cm」(33回転/45回転)、「25cm30cm」等の「ディスク」や、「カセット」「カートリッジ」「オープン・リール」等の「テープ」という欄が設けられ、数値がある。学生の皆さんには骨董品かもしれない。これらの欄は、2008年に至ると、「カセット」(3740百万円)と、CD以外の「ディスク」の合算(352百万円)を除いて、空欄になっている。なるほど、私も、人生で初めて自分の小遣いで購入したLPレコードや、好きな曲を録音して友人と交換したカセットテープを持っているが、最近はほとんど再生しない、又は、再生できない。

他方で、「ディスク」に含まれる「CD」は、「12cm」が1984年、「8cm」は1988年に、統計上の数値が入り始める。しかし、「8cm」の生産金額は、1996年の104418百万円をピークに2008年には桁違いの17百万円に。「12cm」は、1999年以降さらに「シングル」「アルバム」に分けて数値が挙げられているが、その頃をピークに、ここ10年間で半減した(「シングル」は2000年の82393百万円をピークに2008年に39837百万円へ、「アルバム」は1999年の450369百万円をピークに2008年に251321百万円へ)。

そして、これら全体をあわせたハード・メディアの生産金額は、1952年の2269百万円から、1998年の607494百万円をピークに、2008年には361775百万円へと、やはりここ10年間で半減した。他の先進国でも、これらハード・メディアの凋落傾向は同様と思われる(英国、米国では増加したメディアもあるが、独、仏はいずれのメディアも減少。)

入れ違いに売り上げ上昇中なのが、インターネット環境を利用して携帯電話等のモバイルやPCへ楽曲をダウンロードできる音楽配信事業である。例えば、日本レコード協会の会員企業41社による配信事業の売り上げが、2005年の34283009千円から、2008年に9054700万円に、ダウンロード数量は267901千回から479188千回へと、増えている。

ただし、これはあくまで、著作権使用料を支払って楽しむ「有料」サイトの実績である。これと並行して、「無料」つまり違法なサイトからのダウンロードも急成長している。例えば、日本レコード協会が2006年から始めた「違法な携帯電話向け音楽配信に関するユーザー利用実態調査」の、いわゆる「着うた」「着うたフル」(ともに登録商標)等の事業の利用に関する、2008年の結果がある。常にすべての音楽を無料でダウンロードできる携帯電話向けサイト(以下「違法サイト」。ファイル投稿=アップロードがされている掲示板サイトも含む。プロモーション目的で、一定期間無料でダウンロード可能にしているサイトは含まない。)を利用している人(「よく利用している」「たまに利用している」の合計。「利用したことはあるがこの半年は利用していない」を含まない。)は34.5%おり、そうしたサイトの存在を知っているという答えは8割を超えている。違法サイトの利用は10代の人に多く、特に10代後半の人ではここ3年間に利用が拡大、ダウンロード曲数も増えている。違法サイトを利用するようになって有料サイトの利用が減少した人は全体に増えており、特に10代後半の人に顕著という。そして、正規配信サイトからのダウンロードを、違法サイトからのそれが上回る状態が続いている(2008年には、正規配信32900件に対して、違法配信が4714万件)。違法サイトに自ら音楽ファイルをアップロードした経験を持つ積極的な利用者は1割強、全体では減少しているが、10代では増えている。違法サイトの利用について後ろめたさを感じる人や、同協会等が展開している各種キャンペーンに接して違法サイトの利用をやめたという人は、増えているのだが。そして、「音楽ファイルを掲示板やサイトに載せる際にはアーティストなどの許可が要ることを知っていますか?」と尋ねられて「知っている」と回答した人が、75%から70%へ減少している。

著作権法により、著作権者は自らの著作物について、複製権や公表権等、その処分に係る様々な権利(著作権の支分権)を有する。著作物の電子データをインターネットにアップロードして一般に閲覧利用可能な状態に置く行為についても、「公衆送信可能化権」という支分権があり、著作権者の許諾を得ないアップロードは現行法においても、権利侵害に当たる。20094月には、携帯電話向けの無料レンタル掲示板を利用して音楽ファイルを配信した容疑では初めて、3500曲以上を配信していたという大学生が逮捕された(毎日新聞2009421日付22面)。違法なダウンロードにより著作権者の収益が減る問題について、まずは当然、こうしたアップロード行為の取り締まりを強める必要がある。著作権者団体も警察も、専門スタッフを置く、キャンペーンを張る等対策に努めている。

しかし、先に見たように、違法行為の規模は巨大である。そこで、20096月の国会で、アップロードに加えて、違法サイトからのダウンロード行為も著作権侵害、とする法改正が成立した。著作権法301項は、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において」著作物を使用することは、著作権侵害に当たらない、いわゆる著作権の例外とする、ただし、以下の各号に掲げる行為は例外に当たらない、と定める。私が友人と細々とやりとりしたカセットテープに比べれば、今は、遙かに大量、短時間、安価、容易に著作物を複製できてしまう。双方ともに、「個人的」に「家庭内」で行う「私的利用」の範囲に当たる、と見なされているが。そうした技術進歩のもとで、果たして適当な条文か、個人の自由と著作権保護とのバランスをどうとるべきか、30条自体、議論の的である。ともあれ、今回の改正では、その3号に、「著作権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を、その事実を知りながら行う場合」という条文を追加して、こうしたダウンロード行為は著作権侵害に当たると明示することになった。

とはいえ、いきなり厳罰を以て処するという規定にはなっていない。まず、「その事実を知りながら」、つまり違法サイトだと認識しながらの利用、という要件が課されている。正規サイトか違法サイトかの判別を容易にする手段の確立、整備が、一層求められよう。近時、日本の音楽・映像配信事業者の9割以上が、著作権者団体等と契約して事業を行っていることを示す「Lマーク」を利用、表示している。さらに進めて、海外サイトについても判別容易にするような国際協力が必要だ。

また、罰則は設けられていない。民事上の権利者団体からの権利行使についても、著作権者団体は、まず違法ダウンロードの問題性を広報し、これらの行為を発見した場合はまず利用者に警告する等、慎重な手続きを採るよう、いきなり損害賠償の請求等しないように、文部科学省から指導するという。むしろ、利用者にいきなり損害賠償の支払い請求が届くような場合は、架空請求詐欺の疑いがあるから、相談窓口に問い合わせるように、とも言う(文化庁ホームページによる)。先に見たように、若年層特に未成年者が大きく市場に取り込まれていることからも、運用には相当な配慮が求められる。著作権に関する啓発、広報にこそ、ウェートを置く必要もある。技術面で、違法サイトを発見する、アクセスを不可能にする等の対応も、進んでほしい。今回の法改正は、違法サイトからのダウンロード取締の難点、その有効性への疑問を、改めて浮かび上がらせている。

フランスでは最近、違法ダウンロードを行うと、まず政府から警告書が送られ、さらに無視して合計3回違法ダウンロードを行うと、ネット接続業者の間で共有されるブラックリストに載せられて、接続契約が1か月から1年できなくなる、という世界初の立法が成立したという(2009105日付日経新聞7面)。利用者がアクセスするサイトや著作物に関する情報を何らかの機関が収集し管理することが前提という、驚くべき制度だ。

ここに至って、私は、著作物の利用が電子化されたそれへと比重を移していくことにも、疑問を感じる。電子化されると、元の著作物の内容はすべて、享受可能なのだろうか。元の著作物からこぼれ落ちる要素、そもそも電子データとして作成された著作物には備わらない要素が、あるだろう。そして、インターネット上での電子データへのアクセスは、何らかの形で残り、その軌跡は辿ることが可能とされる。著作権を巡る議論は、既に、人権論や文明論に及んでおり、引き続き考えていきたく思っている。

2009年10月 1日 (木)

合同会社制度の利用状況

合同会社制度の利用状況

法学部教授 吉井 溥

  合同会社は、平成1851日に施行された会社法によって創設された新しい会社類型である。会社法は、それまでの合名会社、合資会社に加えて、新たに合同会社制度を設け、三社を合わせて持分会社とした。合同会社の名称については、条文化作業の段階になって、合名会社および合資会社と同じ規律が適用される持分会社の一つである点を考慮して、「合」で始まり「会社」で終わる名称を考え、「同」の文字が選ばれたと説明されている。合同会社の社員は外部関係では社員全員がその出資を限度とする有限責任のみを負う。内部関係については、民法上の組合と同様の規律すなわち原則として社員全員の一致で定款変更その他会社のあり方の決定が行われ、各社員が自ら会社業務の執行に当たるという規律が適用される。すべての社員が有限責任という点では、合同会社は株式会社と同様であるが、株式会社では内部関係の規律が強行規定性をもち、株主総会や取締役等の機関が必置とされ、株主の権利内容も原則として平等原則が適用される。合同会社では広く契約自由の原則による設計が認められ、定款自治に委ねられており、設立の手続が簡単で配当に関しても定款の定めにより知恵やノウハウにより会社の利益増収に貢献した社員に有利な利益配当をすることもできる。

  アメリカにおいて、1977年ワイオミング州が企業誘致のため有限責任会社(limited liability company:LLC)制度を法制化した。LLCは当初あまり利用されなかったが、1996年、連邦税に関し、チェック・ザ・ボックス規制(check-the-box-regulation)が導入され、コーポレーションそのものを課税主体とする事業体課税をとるか、構成員課税をとるかの選択権が納税者側に与えられた。後者を選択すると構成員のみ課税の対象とされ、企業自体は課税主体でなくなる(パス・スルー課税)。これを契機にLLCは爆発的に利用されるようになり、今ではアメリカ全州がこの制度を採用し、最近10年間で約80万社が設立された。合同会社はこれにならったものであり、日本版LLCと呼ばれることもある。

  近年わが国でもハイリスク・ハイリターン型のベンチャー企業が増大していく中で、企業の競争力の源が物的資源から人的資源に移りつつある。この傾向の下で、起業を効率よく行うための一つの方法として日本版LLC制度の採用方が経団連をはじめとして各方面から要望されるようになった。そして、税務上の取り扱いについても経済界はアメリカと同様のパス・スルー課税の導入を望んだが、税務当局から法人格がある以上LLCには法人税を適用する予定との見解が示された。ところで、経済産業省では平成1511月に産業組織課が「人的資源を活用する新しい組織形態に関する提案―日本版LLC制度の創設に向けて」とする報告書により合同会社制度の新設を提案していた。しかし、上記国税当局の見解によれば合同会社では法人税と出資者への課税という二重課税になるとして、同省は、急きょ有限責任事業組合制度に関する研究会を立ち上げ、その取りまとめを踏まえて、民法上の組合制度の特例として有限責任事業組合制度の創設を立案した。これは最近のイギリスにみられる有限責任組合(limited liability partnership:LLP2000年に制度化され、約3年間で1万社にのぼる利用があったと報告されている)をモデルとしたものである。平成17年「有限責任事業組合契約に関する法律」として成立し、合同会社より早く、同年8月1日に施行された。

  法務省所管のLLCと経済産業省所管のLLPはいずれも内部規律は契約自由の原則による組合であり、対外的に構成員の責任は有限責任とされる点で制度的に極めて類似したものであって、縦割り行政の悪い側面が現われた例といえるとの指摘もみられる。両者の主な相違点は、LLCは法人自体に課税され、かつ構成員にも配当課税がなされるが、LLPは課税は組合員に対してのみなされるということである。

  企業活動に対する規制は、産業政策は経済産業省、金融商品取引法は内閣府・金融庁、会社法は法務省、税法は財務省・国税庁の管轄である。相互の整合性ある規律が要求される。

  実務上、LLCLLPのいずれを選ぶのが適切かについては、さまざまな点を比較してその長短が検討されるが、LLPには法人課税がない点はかなりの魅力になるといわれる。その選択の現状はどうであろうか。

  有限責任組合は法人ではないが、事務所の所在地を管轄する法務局で登記をすることを必要とする。ただし、会社と異なり成立要件ではなく、LLP契約の効力発生後2週間以内に登記することを要するとされる(違反すると100万円以下の過料)。したがって、その数は正確に把握される。経済産業省が平成216月に公表したところによると、平成2012月末の組合契約の延べ数は3,405件である。同省政策局産業組織課に電話で問い合わせたが、それ以後の数は9月末の時点ではまだ掌握していないとのことであった。

  合同会社の利用状況はどうか。公表された最近のものがないので、担当の法務省司法法制部民事統計課に電話で問い合わせたところ、平成217月末現在で合同会社総数は約17,000社である。因みに合名会社約18000社、合資会社約84,000社。株式会社約3,240,000社(うち特例有限会社約1,800,000社、特例有限会社については、本eSqaureニュース解説(07/12/05)掲載の吉井解説「有限会社はどうなっているか」を参照されたい)である。

  なお、合同会社の中には、平成203月末現在、資本金10億円以上の大会社が2社、資本金1億円以上10億円未満のものが44社ある(法務省司法法制部「組織別・資本別法人数」)。大企業は数多くの子会社を擁しているが、その子会社が特例有限会社という場合が少なくない(国税庁の財務統計(平成17年分)によれば、有限会社でも資本金10億円以上のものが38社、1億円以上10億円未満のものが891社も存在する)。特例有限会社は大会社(会社法26号)であっても会計監査人の設置が義務づけられないからである。新会社法の下では、有限会社の新設はありえず、子会社を合同会社とすれば、資本金が大会社に該当しても会計監査人の設置義務は免れる。その意図で子会社を合同会社とした例も見受けられる。このような合同会社制度の利用もありうるのかと、制度利用の実務にはまことに興味深いものがある。

2009年8月31日 (月)

選挙結果についての雑感

選挙結果についての雑感

関東学園大学法学部

(准教授) 並河 

2009/08/31

 昨日行われた衆議院総選挙において、民主党が308議席の絶対安定過半数を獲得し、政権交代がほぼ確実なものとなりました。前回の総選挙では自民党が296議席を獲得しており、二回続けて第一党が単独で絶対安定過半数を獲得する結果となりました。

 このような結果になった理由としては、票を議席に過大に反映させる小選挙区制の特徴は言うまでもなく、麻生首相の言動への不信感、不況と雇用の不安定化、民主党の若手候補の擁立と自民党の世代交代の遅れ、自民党の公明党との一体化による一部支持層の離反、民主党の各種団体の取り込みの成功、メディアの民主党への肩入れをはじめ、様々な要因が挙げられるでしょう。

 もう少しマクロに考えるならば、バブル景気が終わって18年、自民党が政権に戻って15年経過し、この間、弱含みの好景気もあったものの、それ以上に不安定化が大きく、自民党政権下の不安定化した社会で政治的社会化を経た、自民党への信頼感がない世代が20代と30代をしめるにいたっため、民主党が支持を集めやすい状況になっていました。戦後の繁栄を経験し自民党を支持していた人たちも、長期の不安定化の中で支持を取り下げ始めたこともあるでしょう。また、橋本改革以後の公共投資削減や地方分権の推進によって、中央の資源分配によって支持を集めるクライアンティリズム的な関係が弱くなり、自民党が従来支持層を失っていったことも大きいでしょう。

 メディアについては、民主党支持であったということではなく、郵政選挙で自民党に対して起きたことが、今回は民主党に対して起きたということです。メディアのビジネスとしての特性から、値が少し高いときや少し低いときは逆張りして耳目を引き、値が高いときはつり上げて読者・視聴者を集め、値が下がり始めたら売り浴びせて関心を引こうとするような、株式市場における行動とにた傾向が見られるように思います。それが良いか悪いかは別にして。

 今後、民主党を中心に国民新党と社民党からなる政権が、連立政権になるのか閣外協力になるのかはわかりませんが、生まれることになります。マクロ経済運営についてはそれほど大きな変更はないでしょうが、教育、福祉、雇用については、大きな違いが生じることが予想されます。安全保障や外交については、選挙前は政局的な判断だけで行動していたためよくわかりませんが、短期的には大きな方針変更はないでしょう。どのような閣僚人事がなされ、どのような政策が実行されるのか、マニフェスト片手にしっかりと見ていくことが大切だと思います。なんにせよ、新しい政権が新しい政治とともにこの難局を切り開いていくことに期待する点では、どの党に投票した人も同じではないかと思います。同時に、敗者となった自民党が国民に信頼される政党として蘇り、他の野党ともども、まっとうな緊張感のある政治、国民のための政治が実現されることを願います。

 最後に、これからの政治を考えていく際に注意すべきことを一点、述べておきたいと思います。それは、世間には、自分の立場の都合でしかない意見を、さも社会全体のことを考えたふうを装って語る人が多いという点です。前回の総選挙では、与党併せて全議席の2/3を超える327議席となり、議会制民主主義の危機だといった大仰な論評や、民主党が危機的状況に陥ったあおり立てる見方もありました。それについては、以前この場で指摘したように誤りでありミスリーディングです。前者については政権交代が生じやすくするために導入した小選挙区の持つ特徴が、与党の勝利に寄与する形で出ただけのことであり、自民党の勝利を貶めるものです。後者について、実際の票の推移を見れば、基礎票は固めていることが分かりますので、民主党への期待感を不当に引き下げるものです。事実、前回の参議院選挙の結果が、すべてを物語っています。

 今回の選挙についても、様々な識者から様々なコメントが出るでしょうが、それらを冷静に見る必要があると思います。前回、自民党が圧勝したことに懸念を述べていた人が、今回の民主党の圧勝を民主主義の前進のようなことを言っているとすれば、それは民主主義を尊重した発言ではなく、たんなる政治的立場の表明でしかないことがわかるでしょう。また、前回の自民党の勝利を小選挙区の当然の結果と言っていた人が、中選挙区制への回帰を言い出すなら、それもまた同様です。かつて与党の横暴を唱えた人が、民主党が過半数で押し切ったときになんと言うか、かつて野党の議会での抵抗に異議を唱えた人が、自民党の野党としての行動をどう論評するか、「下衆の勘ぐり」をめぐらすのも悪くないと思います。

 残念ながら、政治学者も含め、意識してかどうかは分かりませんが、自らの政治的立場の都合で援用する理屈を変える人が少なくありません。それ自体は悪いこととは言い難いのですが、読み手がそうと分かっていないと、判断を誤ることにもなりますから、冷静かつ慎重に、様々な意見や情報を比較して判断するようにしましょう。

2009年6月 3日 (水)

債権法

                                                                   法学部 新田孝二                                       

  日本民法が明治29年に制定されてから今年は114年目に当たる。長い年月、生命を保ってきた。終戦後の昭和22年に大幅に改正された親族、相続は別として、その他は大きな改正はなかったが、財産法の条文の表記を平仮名・口語体にする法改正が平成17年(2005年)4月1日から施行されると、この頃から、民法の一部改正がよく行われるようになった。そして、いよいよ、債権法の改正が目論まれている。

 担当者の一人である前東大教授の内田 貴氏の【いまなぜ『債権法改正』か?】(上)、(下)NBL871,16;872,72によると、まず、今までの規定が抽象的であったのを改めようとしている。民法総則にある「人」は「商人」とはつながるかもしれないが、現代の「消費者」とは大いにずれる。つぎに、当たり前のことは、わざわざ規定しないという今までの行き方を止めるという。今までの方が、条文が少なくて済むが、分かりにくい。例えば、今までの危険負担の規定では、要件である「帰責事由のない履行不能により債務が消滅する」というのは規定されず、しかし、このことは論理的な前提として、対価関係にある相手方の債務の存否について、「(不能となった債務の)債権者の負担に帰する」と規定していた。この規定の帰結そのものも検討の必要があるが、規定の仕方に変えようというのである。

 第三は、改正の在り方である。債権法はとくに、世界に共通の要素を含むものであるから、この点に留意しなければならない。國際取引の分野で成立しているウィーン売買条約は参照されているとのことである。しかし、外にあるものを頂くだけでなく、わが国独自のブランドのあるものを作り上げることが意図されている。しかも、これが、「21世紀の社会の構成原理のあり方」について何らかのメッセージが含むものが意図されている。大仕事ではある。

 平成21年5月8日に別冊NBL/No.126に、民法(債権法)改正検討委員会編『債権法改正の基本方針』が発表されている。前半は、条文の形をとった「基本方針」に「提案要旨」が付けられている。

2009年5月20日 (水)

裁判員制度について

法学部 菊池 定信 教授

本年5月21日から、裁判員制度が始まる。これから起訴される殺人罪等の対象事件については、争点や証拠の整理手続(公判前整理手続)を経て、8月ごろには、裁判員が登場する第一回公判が開かれるものと思われる。このような時期に、論説的な一文を投稿せよ、ということであるが、裁判法を講義する教員の立場からすれば、そのテーマは、裁判員裁判に関するものにならざるを得ない。

かっての日本でも、各地の裁判所で陪審法廷が開かれたことがある(1923年の陪審法)。しかし、陪審の意見が無視される、という制度自体の欠陥があったことなどから、徐々に対象事件が減少して陪審制度は廃止された、という経緯がある。

現行の裁判員制度は、平成11年、内閣に設置された司法制度改革審議会が司法制度改革の一環として、一般市民が裁判官とともに直接裁判に関与すべきであり、そうすることにより、司法がより強固な国民的基盤を得ることができる、という趣旨の提言をしたことに始まる。この提言を受けて、平成16年に、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(裁判員法)が制定・公布され、この5月21日から施行されることになった。

裁判員制度とは、要するに、死刑や無期懲役等に当たる事件について、選挙権を有する市民の中から無作為に選び出された者が裁判員として出廷し、証人尋問や被告人質問等の証拠調べに立ち会い、被告人が有罪か無罪か、有罪だとしたらどんな刑に処すべきかを裁判官と一緒に協議して決定するものである。

このように、国民が裁判に参加する制度は、諸外国にもみられる。イギリスやアメリカ合衆国の陪審制、また、ドイツやフランスの参審制がそれである。前者は、無作為に選ばれた市民(陪審員)が全員一致をもって有罪か無罪かの評決をし、有罪と決めた場合には、

裁判官が科すべき刑を決める制度である。つまり、陪審員と裁判官とが役割を分担するところに特徴がある。これに対し、参審制は、現行の裁判員裁判と同様に、市民(参審員)と裁判官とが合議して審理判決を行う。しかし、その参審員は複数の事件を担当する任期制で、しかも団体等の推薦等に基づき選任される点で裁判員制度と異なる。なお、韓国でも、市民(参与員)参加の参与裁判制度がスタートしている。

最高裁判所や法務省等は、これまで、連日のように、裁判員制度の仕組みや内容について広報、宣伝してきた。近頃では、新聞やテレビでの取り扱いも際立っている。しかしながら、各種の調査によれば、裁判員裁判に参加したくない、というのが国民の多数意見であるという。何故か。一言でいえば、それは、裁判員制度が国民参加を基礎としていながら、その国民の目線に立って制度化していない、ということに尽きる。決めてしまってから、国民の理解を得ようと必死になっているように見えるのである。

517日朝日新聞朝刊には、61歳の男性の投稿が載っている。「裁判員制度ができる際に国民の意見を聞く場はあったのでしょうか。自分が候補者に選ばれて、そう強く感じています。いまは、徴兵制に近いような感じで受け取っています。-----」と。