一般教育 Feed

2018-12-14

漫画業界から見える現代社会の闇 ― 柴崎 直孝 准教授

 もうすぐ40歳になろうというのに,いまだに漫画が大好きです。よく,大事なことは教科書よりも漫画から学んだなんて言う人がいますが,まさしく私のことです。

 私のことはいいとして,先日,長期間にわたり連載をお休みしていた漫画が連載を再開するというニュースがありました。原因は体調不良であったみたいです。最近漫画家さんの長期休載のニュースが多いです。さらに訃報も多く聞くようになりました(しかも若くしてお亡くなりになっているケースが多い)。このことから漫画家は激務であり,何らかの疾病を抱えやすい職業であることがわかります。具体的には,長時間描くことからくる腰痛,腱鞘炎,眼精疲労,運動不足,睡眠不足などの肉体的なものから,締切,ファンの期待,打ち切りの恐怖などプレッシャーからくるストレスといった精神的なものまで様々です。働き方改革が言われて久しいですが,漫画家の方こそ働き方を改革するときなのではないでしょうか。これに対し2人の漫画家がある試みを行いました。

 「みどりのマキバオー」や「モンモンモン」でおなじみのつの丸先生が電子マンガアプリ「ジャンプ+」にて「ギャグマンガ家 人間ドックデスレース」を連載しました。内容は漫画家仲間と一緒に人間ドックへ行き,診断結果を漫画で公表するというものです。つの丸先生曰く,この企画を思い立った理由がやはり漫画家の労働環境にあったようです。同時連載,入院中の執筆,連続徹夜など「外の社会ならただのブラックエピソード」を逸話や伝説のように崇める傾向にあるため,自分も同じように頑張らなくてはと働きすぎてしまい無理がたたって体を壊してしまうケースが多くあるため,「これからあとに続くマンガ家たちのためにも」「オレたちでこのマンガ家早死にの時代を…終わらせなきゃならないんだ…」という決意で連載されたようです。ギャグマンガ家らしくユーモアたっぷりに描かれていましたが,働きすぎの現代社会に警鐘を鳴らす作品に仕上がっています。

 もう1人は「ドラゴン桜」「クロカン」でおなじみの三田紀房先生。現在「ドラゴン桜2」と「アルキメデスの大戦」2つを連載している人気作家ですが,アシスタントは週休3日で残業は禁止にしています。多くの人が抱く漫画家のイメージとは真逆の労働環境です。しかし,残業がないことで集中して働けるし,無駄な時間を省いてその分仕事に充てることで休日が増えるなどメリットほうが多いです。さらに「ドラゴン桜2」に関しては作画をデザイン会社に外注してしまうという前代未聞の取り組みをしています。コストはかかるものの,作画にかけていた時間をストーリー作成や取材に充てられるので効率性が増したようです。何より健康面での負担軽減が大きいでしょう。

 今回の話は漫画業界をスポットに当てて書きましたが,私たち一般人にも当てはまるところは多いです。2人の漫画家のマネをすることは出来なくてもそれに近いことはできるはずです。例えば私の場合,最近残業しがちだったのですが,スマホをいじったりして集中していませんでした。それもあってこの先週1週間絶対に残業をしないで18:30に帰宅する!と決めたのですが,やはりその方が集中できて効率が良かったです。また,三田先生のように外注はできませんが1人で抱え込まず仲間に相談し仕事を分担することもできます。健康第一で仕事を頑張る,当たり前のことですが忘れていたものを教えてくれた2人の先生でした。

参考文献
「ギャグマンガ家 人間ドックデスレース」
「週休3日、残業禁止、「作画完全外注」――漫画家・三田紀房が「ドラゴン桜2」で挑む働き方改革」

2018-11-29

留学生はどうなるの?―入管法改正をめぐるニュースから ― 佐藤 有紀 准教授

ここ数週間、「入管法改正案」という言葉が連日のようにニュースを賑わせています。「入管法」は正式名称を「出入国管理及び難民認定法」と言い、文字通り「日本という国への出入りをどう管理するか」の全般にまつわる法律ですが、特に、外国籍の方々(以下、本文中では「外国人」と呼称)に対して、「こういう人・こういう場合だったら日本に住んでもいいですよ/日本に来ていいですよ」という許可をどのように与えるかを決定するものとしてニュースの中で多く取り上げられています。今日は、最近話題になっている「入管法」について、身近な留学生を通して、私たちの暮らしにどう関係するかを考えてみましょう。

ところで、みなさんは、「自分の国以外の国や地域に住んでみたいなぁ」と考えたことはありますか?いつか海外で生活するというおぼろげな夢や明確な希望を持っている人も少なからずいるかと思いますが、「外国」という場所は、何となく理由もなしに、その国の国籍の人と同じように自由に滞在できるものではありません。海外旅行に行ったことがある人は、渡航先の空港で「入国の目的は?」「いつまで?」「どこに泊まる?」などと質問されて「sightseeing(観光)」等々答えた経験があると思いますが、それが数か月以上の滞在になる場合、聞かれることはもっと詳細になります。ただ何となくふらりと遊びに行って、適当にバイトを探してアパート借りて好きなだけいよう、という気持ちで外国に入国するわけには行きません。事前に「どんな目的で滞在したいのか」を明らかにした上で、相手の国が定める書類(預金残高証明書など)を提出して、その国に入国して一定期間滞在しても大丈夫かどうかの審査を受けなければなりません。その審査に通ってはじめて、「査証(ビザ)」という許可証が発給され、晴れて外国に滞在できるようになるというわけです。

日本でももちろん、訪日を希望する外国人に、そのような審査をしています。その審査の基準となるのが「入管法」です。現在の日本の入管法では、基本となる27種類のビザを定めていて、特定の国・地域からの短期間の観光などの例外(※7月時点で、68の国・地域に対し、短期の観光、会議、親族・知人訪問等の報酬を得ない目的であればビザの免除が認められています)はあるものの、多くの外国人は、27種類のうちいずれかのビザを審査を受けた上で取得して、ここ日本に滞在しているというわけです。
本学でも外国籍の方がたくさん学んでいますが、留学生の皆さんは「留学ビザ」、日本で育ったブラジルの方などは「永住ビザ」等、各々に応じたビザを取得しています。また外国籍の先生方もそれぞれビザ審査を受けていらっしゃいますし、過去には日本で結婚し、「配偶者ビザ」の資格で滞在していた学生もいました。

このビザは、種類ごとに「日本の中でして良いこととだめなこと」そして「しなければならないこと」が明確に定められています。例えば、留学ビザは当然勉強するためのものなので、在籍している学校の授業にきちんと出席し、大学であれば単位を取得しなければならないということが大前提です。そのためにアルバイトをしすぎてはだめだと決められています。具体的には、留学ビザで滞在している場合、週に28時間を超えて働くことはできません。夏休みなどの長期休みには例外的に1日8時間まで(週56時間)バイトをすることも可能ですが、1年間の合計収入も制限されており、一定基準以上稼ぎすぎだと入管に判断されると、次にビザの更新審査を受ける時に不利になります。また、留学生が許可された時間数を超えて働いているようなことが明らかになれば、バイト先に入管が調査に入ることも少なくありません。その場合には、留学生本人はもちろん、働かせている雇用側も入管法違反に問われることになりますので、経営者側も入管法の詳細について充分に理解しておく必要があります。
入管法を知っておかなければならないのは留学ビザの学生をアルバイトで雇う場合だけにはもちろん留まりません。社員として外国籍の方を採用する場合、何か月か日本を体験したいという友人・知人を招く場合、外国籍の人と結婚する場合、スポーツチームに外国人助っ人を呼びたい場合、学校で留学生を募集する場合等々の時にも、入管法が深く関わってきます。適当でいいや、知らなかったってことにしようでは決して済まされないのです。

このように、入管法は、私たちの生活にとって、決して縁遠いものではありません。それどころか、外国人と接し得るすべての人にとって、生活に深く関わるものなのです。
この入管法が最近のニュースに連日取り上げられている理由は、現在行われている国会に、入管法の改正案が提出されているためです。政府は、来年4月からの導入を目指し、現在改正のための審議が進んでいます。入管法がどのように改正されるか、またその場合にどのような問題が起こるのかについて、各ニュースが注視しているというわけです。

今回の入管法改正案は、一言で言うと「外国人を日本で働きやすくする流れをつくる」ためのものです。改正目的について、政府は「外国人労働者の受け入れ拡大」を謡っています。現在の法律では、外国人が日本で働く際には、一定の専門性があることや期間限定であることなど細かい規定が多く定められています。それを、今回の改正案では大幅に就労要件を緩和するということです。いわゆる単純労働でも受け入れ可能としたり、家族帯同や永住の可能な場合をより広く想定したりするなどの内容となっており、もし改正されれば数十万人規模の外国人が新たに来日するのではないかと試算されています。これに対しては、「外国人を日本に滞在させやすくする」「大量の外国人を短期間に日本に流入させる」「外国人労働者が増えることで日本人の就労の機会が奪われる」「結果的に移民政策につながる」など懸念の声が野党やマスメディア、世論から多数出ています。しかも法改正は通常1年以上かけて検討されるのに対し、今回の入管法は検討開始からわずか4か月ほどで全体像が発表され、現在の国会で成立ありきの超スピード改正案であるため、問題視する声が次々に上がっています。

一方、「日本の若者が減って労働力不足なのだから外国人が日本に来て働きやすくなるのはいいことなのではないか」と考える方もいることでしょう。また、大学生の皆さんの中には、「まわりの留学生を見ていると日本での生活は金銭的に大変そうなので、働きやすくなるのはいいことだ」と、身近な留学生のことを考えて感じる人もいるかもしれません。
しかし、実際にはそう簡単ではありません。外国人労働者受け入れ拡大のための入管法改正案が審議中の裏で、11月19日の朝日新聞朝刊にこんな記事が載っていました。「留学生の在留審査 厳格化」「日本語学校 厳格化に困惑」というタイトルで、日本で勉強したいという外国人に対してのビザの交付審査が、今年2018年に入り一気に厳しくなっているという内容です。例えば、ネパールから日本に留学を希望する方々を見ると、4月の審査では希望者のうち約48%が留学生としてビザ発給を許可されたのに対し、10月には約8%まで交付率が下がりました。同様に、バングラディッシュは約58%から約3%、ミャンマーも約74%から約20%となるなど、アジアの大半の国に対するビザ発給が軒並み急減しています。一方で、中国からの留学希望者には90%前後、韓国からであれば95%以上など、依然高い確率で交付され得ていて、大きな変化はありません。言い方を変えれば、中国・韓国以外の主としてアジアの国々から留学生として日本に入国することは、現在非常に厳しくなっているということです。それも段階的にではなく、一気に厳しくなった、という内容なのです。記事には「(交付率の減少は)「違法な労働に携わる留学生がいるため」「国籍を理由に不交付にしたわけではない」という東京入管へのインタビューを紹介していますが、同時に、特定の国々の人々に対してあまりに一気に不許可が増えたことに対しての「個々の学生の事情でなく、国籍で判断しているとしか思えない」という日本語学校からの不満の声も掲載されています。
本学でも、ネパール、ベトナム、スリランカ、ミャンマーなど、記事中で言及されている国から来た留学生が学んでいます。その学生たちのまわりでも、知人や親せきが留学のビザが取れず来日をあきらめたという事例を実際に耳にします。

入管法を改正して労働者としての外国人に門戸を開く一方で、留学生として日本に学びに来ることができる機会を与えないという方向性は一見相反するように思えるかもしれません。しかし先に書いたように、もともとビザにはそれぞれの資格に応じて在留条件がありますので、「留学ビザは勉強に特化。働きたいなら別のビザで」という政府の姿勢を明確に示した結果だと言えるかもしれません。実際に留学ビザが不許可になった外国人の一部が、来年4月以降に改正された入管法の導入を待って労働者として来日を希望するようになるのではないかという見方もネット上で出ています。せっかく入管法を改正するのだから、その前にアルバイトなどでたくさん働きたいという方向性の留学生数を制限しておき、新しい制度を使い、労働者として入国させる人数を確保したいという誘導の意図があるのではないか、などと個人的には思ってしまいます。それくらい留学生のビザ発給率の低下が急激なものだからです。

ここからも分かるように、入管法の改正は一見すると外国人を日本に来やすくさせる流れのように言われることが多いのですが、みなさんの周りにいる留学生のような学びたい外国人にとっては、厳しい面があることにも、目を向けて欲しいと思います。また同時に外国からの労働者が政府の試算通り数十万人規模で日本に入国して職を得た場合、みなさんのアルバイトや就職を含む日常生活にどのような影響が出るのか、想像してみることが非常に大切です。

さて、これを書いている11月27日、入管法改正案が衆議院で可決されたとのニュースが飛び込んできました。審議が不十分であるなどと野党が猛反発を続ける中での可決だったため、今後の審議も大荒れ必至でしょう。それだけに毎日ニュースで取り上げられることも間違いありませんので、しっかりと記事を読んで論点や問題点を自分なりに整理し、私たちの日常に深く関係するこの改正案がどうなっていくのか、自分の目で見届けていきましょう。

今回お話ししたのは、「入管法」についてのほんの一部分と、その改正案にまつわるニュースのごく簡単なご紹介のみです。入管法への無関心は、日本の未来への無関心にほかなりません。今日から毎日ニュースをチェックしたり身近な外国人である留学生に質問したりするなどし、より理解を深めていっていただければと思います。

2018-10-24

「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則と再審事件 ― 上林 邦充 教授

 去る10月10日(水)、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は、再審請求のあったいわゆる「松橋(まつばせ)事件」で、検察側の特別抗告を棄却し、再審開始が確定しました。
 殺人事件の再審確定は、最高裁が再審開始基準を示した1975年の「白鳥決定」以降で15件目、最近では大阪市東住吉区の女児焼死火災で起訴された母親ら2人の再審が2015年に確定して無罪となって以来となります。

 「松橋(まつばせ)事件」というのは、熊本県宇城(うき)市(旧松橋町)で、1985年に男性(当時59歳)が刺殺されたという事件で、犯人とされたのは将棋仲間だった宮田浩喜さん(現85歳)で、殺人罪で懲役13年の刑が確定、服役し、その後仮出所後に再審請求がなされたものです。

 宮田さんは捜査段階で、凶器とされた小刀の柄にシャツから切り取った布片(ぬのきれ)を巻き、事件後に燃やしたと自白しましたが、一審の途中から「自供の大部分は偽りだった」と否認に転じて無罪を主張しましたが、熊本地裁と福岡高裁は、この「自白」が犯人だと示す証拠であるとして有罪を認定し、1990年に最高裁で有罪が確定しました。
 宮田さんは服役後、1999年に仮出所し、2013年3月、認知症状態になった宮田さんに代わり成年後見人の弁護士が再審請求したものです。

 一度確定した有罪判決を覆すには、無罪を認めるべき明らかな証拠を新たに発見しなければなりません(刑事訴訟法第435条第6号)。
 この規定をどのように解釈するか、今までの法廷に出てこなかった新証拠によって覆すことができるものでなければならないと厳格に解釈するか、全く新しい証拠でなくても判決が有罪と判断した事実認定に合理的な疑いを生ぜしめるものであればよいとするのか見解が分かれていました。前者によれば、真犯人を探し出したとか、証拠調べには全く登場しなかった新しい証拠物を発見したとか、再審請求者にとって非常に困難なことが要求されることになります。

 もともとの刑事裁判の目的や、刑事裁判の鉄則と言われている「疑わしきは被告人の利益に」の意味するところまで、さかのぼって考える必要があるでしょう。

 そもそも刑事裁判の目的はなんでしょうか。刑事訴訟法第1条は、「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」と規定しています。
 戦前の旧刑事裁判では、事案の真相を明らかにすることが目的であり、基本的人権の保障の部分は戦後の現行刑事訴訟法になって付け加えられたものです。その違いは何を意味しているのでしょうか。

 犯罪事件が発生し、そのまま放置すれば犯罪がはびこり、多くの人々が犯罪の被害を被るおそれがあり、不安な社会になってしまいます。それを避けるために、事案の真相を解明すること、犯人を確保すること、証拠を収集することが必要であることは誰でも容易に理解できることです。
 このように事案の真相解明を刑事裁判の目的とすることを「実体的真実主義」と呼んでいます。「犯人必罰主義」と言い換えても良いでしょう。犯罪が起きたということは必ず犯人がいるわけで、法に触れた以上処罰しなければならない(処罰の程度などはべつにして)というわけです。「法学」の授業で、学生諸君に「犯人必罰主義は正しいでしょうか?」と聞きます。皆当たり前のことをなぜ聞くんだといいたげな怪訝な表情を浮かべます。さらに、「犯人必罰主義には誤りがあります。それが何かわかりますか?」と問いかけますが、ますますわからないという顔をします。おそらくこれが一般的な反応と言ってよいと思います。

 犯人必罰は理念としてはその通りと言ってよいでしょう。しかし、現実の捜査では、「迷宮入り」という言葉があるように。常に犯人を割り出して逮捕に結びつくというわけにはいきません。ところが、社会秩序の強化が図られ、処罰感情の強い社会体制にあっては、犯人逮捕は至上命令でありひとり残らず犯人を逮捕しなければなりません。旧憲法、旧刑事訴訟法の下ではまさにこのような状況であったわけです。そこで、捜査官憲は、前歴がある者、危険視されている者などのブラックリストの中からそれらしい者を探し出し、犯人に仕立て上げる場合が出てきたのです。自白は非常に大きな証明力をもった有罪証拠ですから、自白を取るために「拷問」が非合法的に常態化するということになりました。冤罪に泣く者が多数作り出されたのでした。

 現行刑事訴訟法になって、戦前の人権蹂躙にわたる捜査をくり返してはならないということになりました。犯罪を犯した者は必ず処罰しなければならないというというのは確かに一つの真相ですが、反対に、犯罪を犯していない者は絶対に処罰してはならないということも一つの真相です。基本的人権尊重主義を基本原理とする現行憲法のもとでは、後者に力点が置かれることになりました。これを「消極的実体的真実主義」と呼びます。
 戦前の捜査では適正に手続きを踏むより犯人必罰という至上命令を実行することが優先され、そのため大きな犠牲が払われました。戦後は、その反対に、法の適正手続き(デュープロセス)を踏むことが強く求められることになりました。

 「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則には以下のような経緯があります。
 1789年ののフランス革命の所産として、人権宣言(「人および市民の権利宣言」)の第9条に「すべての者は、犯罪者と宣告されるまでは、無罪と推定される」という規程がおかれました。ずっと下って1948年の「世界人権宣言」第11条にも「犯罪の訴追を受けた者は、すべて、・・・有罪の立証があるまでは無罪と推定される権利を有する」という規定が設けられました。19世紀初頭のドイツでは、学説が「疑わしきは被告人の利益に従う」{in dubio pro reo}という原則を作り出しました。英米でも,これと平行して、「無罪の推定」(presumption of innocence)という表現が普遍化しました。
 わが国では、成文法で直接に規定されたことはありませんが、明治以降、当然の原則と理解されています。現在では、刑事訴訟法336条の「犯罪の証明がないときは・・・・、判決で無罪の言渡しをしなければならない」という規程の内容とみることができますし、また、憲法31条の「法律の定める手続」に含まれるということもできましょう。

 「疑わしきは被告人の利益に」の原則は、判決が出るまでの捜査段階、公判段階において、法曹機関の各機関においてその濃淡の差はあっても、守られなければならないということは強く意識されたところでありました。

 ところが、確定判決後の再審の段階では、逆に、「疑わしきは確定判決の利益に」が原則と化し、再審の門はいわば「開かずの扉」とも「ラクダが針の穴を通るより難しい」とも称されるように、再審請求が認められることは極めて困難な状況が続きました。一度宣告された確定判決を覆すことは、法に対する、また裁判制度に対する国民の信頼を損ねることになるというのが主たる理由と思われます。

 1975年、再審手続きにおいても「疑わしきは被告人の利益に」の原則は採用されるべきだという一部の刑事訴訟法学者の努力が実を結び、最高裁判所によって承認されることになりました。これがいわゆる「白鳥決定」です。
 1952年に札幌市で発生した警察官射殺事件(被害者の白鳥一雄警部の名から「白鳥事件」と呼ばれている)で、有罪判決に対する再審請求に対して、最高裁が決定で再審基準を示すことになったので「白鳥決定」と呼んでいます。
 再審開始のためには「確定判決の事実認定に合理的な疑いを生ぜしめれば足りる」とし、その判断を新旧証拠の「総合的判断」で行うことを求めました。従来の、確定した有罪判決を覆すには新証拠が必要だとする考えを改め、確定有罪判決の基礎となっているその当時の証拠をも含めて、確定有罪判決に「合理的な疑い」を生じさせればよい、その意味で「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるとしました〈事案そのものは再審開始にはいたりませんでした〉。

 この「白鳥決定」を受けて、いずれも死刑事件である免田事件(1983年)、財田川(さいたがわ)事件(1984年)、松山事件(1984年)、島田事件(1989年)で、再審無罪判決が次々と出されることになりました。

 死刑事件以外では再審無罪判決が出されたものと、再審請求が認められない事件と分かれています。死刑事件でも、島田事件を最後に、再審無罪判決を手にした死刑囚はいません。「白鳥決定」は生きているのか、という疑問の声も上がっています。

 そういう中で、再審裁判のさらなる問題点が指摘されるようになりました。
 「松橋事件」の有罪判決では、小刀の柄にシャツから切り取った布片を巻いて刺殺したが、事件後燃やして廃棄したということで、シャツについての検証なしに、「自白」に基づいてその自白が十分信用できるという有罪判断がなされたわけですが、再審請求後、弁護団が検察側が未提出の証拠を閲覧したいと求めたのに対し、検察側がたまたま一部応じた中に、問題の布片が見つかったというものでした。燃やされ廃棄されたのではなく、捜査側が保有していたのでした。

 再審の熊本地裁は、このシャツの布片や、小刀と傷跡の形状が一致しないという鑑定を新証拠と認めて、「自白の重要部分と客観的事実が矛盾する疑いが生じ、自白のみで有罪認定を維持できなくなった」として再審開始を決定したものです。福岡高裁も「捜査官に迎合して事実ではない供述をした可能性がある」として、再審開始を支持していました。
 捜査当局が収集保有している証拠を当初から提出していれば、確定判決の内容も違っていたかもしれません。再審段階でも提出されていればもっと早く決着がついていたと思われます。

 現行法では、検察が提出しなかった証拠について、検察に開示する義務はありません。組織力において、証拠収集能力において圧倒的に勝る検察に比し、いずれも貧弱な弁護側は検察の収集・保有する証拠を事前に把握したいところですが(証拠開示という)、検察が提出しない限り見ることができない仕組みになっています。重要なケースでは、裁判官の命令で証拠を開示させることができますが、これも裁判官が認めた場合に限られています。

 裁判員制度の導入に伴い、証拠開示の制度はかなり整備されました。一部重大事件について「公判前整理手続」という証拠開示の仕組みがあり、証拠リストの交付制度も始まりました。
 しかし、この新しいルールは再審には適用されていません。検察が裁判所に提出しなかった証拠が無罪の決め手になることがあります。最近は、袴田事件や東電OL殺人事件などで、捜査段階ですでに収集されていたものの、裁判には提出されなかった「古い新証拠」の開示が、再審開始や再審無罪につながっていることを考えると、この分野での法整備が急がれるところです。検察が証拠開示要求に応じた場合、裁判官が積極的に証拠開示命令を発した場合以外は、現行法上再審は不可能となります。このように、再審開始される場合、されない場合はまちまちで不安定であることから、これを「再審格差」と呼んでいるようです。

 冤罪は、その人の人格を侵害し、しかも真犯人を逃すことになり、二重の意味で刑事訴訟の目的(真相の解明と人権保障)と相容れません。
 検察は地裁が再審を決定したにもかかわらず、さらに年月をかけて高裁、最高裁で争う姿勢をとることが少なくない。消極的実体的真実主義の精神に立ち返るべきだと思われます。
 裁判所も、司法部の面子にこだわることなく、また、先輩の裁判官や同僚裁判官の立場をかばおうとする心情に陥ることなく、原点に立ち返って正義の実現に尽力してもらいたいものです。
 そして、早期の法改正が望まれます。

2018-06-23

「みそ汁が減っている。」 ― 高瀬 博 教授

 読売新聞6月7日(木)朝刊に「みそ汁はなくていい」が掲載された。

東京ガス都市生活研究所の調査によると、「みそ汁を毎日1回飲みたい」は1990年には8割近かったが、2017年には6割弱に減少し、20~70歳代に同様の傾向が見られたそうである。尚、この記事の趣旨は、工夫によって「みそ汁」を見直そうというものである。

 みそ汁は「一汁一菜」という言葉(禅僧の食事)が示すように、和食には欠かすことのできないメニューであった。「みそ汁離れ」は以下のことが原因である。

  1. 脳卒中の原因として「塩分の摂りすぎ」が指摘され、みそ汁がやり玉に挙がったこと。
  2. 「ウーロン茶」「水」などのペットボトルの普及により、水分が足り、みそ汁の存在感が薄れてきたこと。
  3. 作るのに手間がかかること。共稼ぎ所帯が増え、手間と時間がかかるみそ汁つくりが面倒になったという声が多く聞かれる。

 一方、「健康のためにみそ汁を」という声も聞かれる。「ガン予防になる」「具だくさんみそ汁で食物繊維やビタミンなどを豊富に摂取できる」など、具や出汁を工夫することにより健康的で栄養豊富な食事メニューとなるのである。また、メタボリックシンドローム予防・改善の見地から、暖かいみそ汁をまず一口飲み、主菜、ご飯、みそ汁を交互に食することによって、ゆっくり時間をかけて食事をし、「血糖値の急激な上昇」を防ぐこと、満腹感からご飯(炭水化物)の摂りすぎを防ぐことなど、とても効果的であると考えている。

 近年、テレビCMなどで「インスタントみそ汁」が脚光を浴び、「手間のかからない美味しいみそ汁」が急速に普及しているようである。少々値段は高いが試してみる価値はあるようだ。

2018-06-14

中国はどのようにして経済成長へ踏み出したのか - 金 花 講師

 今日,中国は急速な経済発展を実現し,世界から高い関心を集めている。例えば,ファーウェイ,アリババ,レノボなどの中国企業のニュースは毎日のように取り上げられている。そして,これらの企業は世界的にも先進的な企業として見られることも少なくない。しかし,中国におけるハイテク産業は,近年になって突如現れたわけではない。そこには数十年にわたる背景が存在しているのである。

 そもそも経済発展を新たに成し遂げるためには,その国の従来の戦略とは異なる経済上の対応が求められる。すなわち,経済発展には産業を創出すること,特に現代ではハイテク産業を創出することが重要である。中国の経済発展においても,勿論,ハイテク産業への取り組みが進展してきたのである。

 しかし,ハイテク産業を創出するといっても,市場経済が依然として未成熟な社会においては,それは容易な取り組みではない。かつての中国もそのような状況にあった。1978年に改革開放が実施された時点において,それまで計画経済体制の下にあった中国の企業には,産業を創出し牽引できるだけの十分に自立的な能力があったとは言えなかったのである。では,ハイテク産業の創出が求められながらも,その時点で既存の企業がその担い手になり難いという問題に,中国はどのように取り組んだのだろうか。

 この点については,中国では1978年の改革開放以降,国家主導的にハイテク産業の発展戦略を推進し,その戦略の中に産学官の連携が取り入れられた点が特徴的であった(下表参照)。例えば,ハイテク技術の開発を目指した「863計画」や,その産業化を目指した「タイマツ計画」などが代表的なものとして挙げられる。従って,中国の産学官連携は,国家戦略上,企業の産業創出能力の不足を補い産業の創出と成長の加速に貢献すべきものとして位置づけられてきたのであり,中国のハイテク産業化の展開には,産学官連携が密接に関わってきたのだと言える。

ハイテク産業と産学官連携に関する主要な政策の推移
1978年 鄧小平によるスローガン「科学技術は第一の生産力である」
1978年 改革開放
1985年 科学技術体制改革に関する中共中央の決定
1986年 ハイテク技術発展計画:通称「863計画」
1988年 火炬(タイマツ)計画
1993年 中国教育改革と発展要綱
1995年 「科教興国」戦略

(出所)筆者作成

 政府の政策のもとでハイテク産業の創出が目指され,また,育成政策の実施の中で産学官連携に重要な位置づけが与えられることとなった点を指摘したが,当然ながら,その要請に大学や研究機関がどれだけ応えようとするのかという点も重要な点である。結論を先取りすれば,中国においては産学官連携が発展したが,その背景には,大学制度の改革の中で生じた大学を巡る環境の変化があった。中国では,計画経済から市場経済への転換過程において,高等教育体制についても改革が行われた。そこでは,競争原理の導入により,より重要視される大学・学科が明確化され,一方で大学経営の自立化が進められることになったのである。特に後者の点から,大学側も産学官連携に積極的に対応すべき状況が生まれていたのである。

 現在は民間企業も成長を遂げ,世界的に注目を集める企業が多数生まれている。しかし,そうした企業が生まれるまで経済成長に向けた推進力となったものが産学官連携だったことは見逃せない点である。今日の知識社会では,トリプルヘリックス理論(Etzkowitz,2008)で議論されるように,大学・産業界・政府の相互作用がイノベーションの創出と成長における鍵だとされているが,中国においてはこうした作用を経済成長に向けた初期段階で発揮し,今日の社会に向けた第一歩としたのである。

2018-05-18

子どもの貧困問題の解決に向けて ― 張 信愛 講師

●子どもの貧困とは

 「16.3%」。この数値は2012年時点の日本における「子どもの貧困率」です。OECD(経済協力開発機構)によると、世界34か国の子どもの貧困率の平均は13.6%ですが、日本はそれよりはるかに上回っており(図1)、子どもの貧困問題が深刻であることを表しています。2016年に発表された厚生労働省の国民生活基礎調査によると、2015年時点の子どもの貧困率は13.9%であり、2012年より2.4ポイント減少したものの、子どもの貧困問題が相変わらず深刻であることを示しています。

図1 Child income poverty rates 2014 or nearest available year (Japan to 2012)

1_3

出典:OECD(2017) Family Database “Child poverty”

 このような「貧困率」の数値はどのように算定されるのでしょうか。まず、「貧困」について概説しますと、貧困の定義は大きく分けて二つ、絶対的貧困(absolute poverty)と相対的貧困(relative poverty)があります。前者の絶対的貧困は、人として最低限の生活を営むことができない状態を意味します。World Bankによると、2015年基準、購買力平価米ドルで一日あたり1.90ドルの所得を国際的な貧困ラインとして定義しています。後者の相対的貧困は、各国の生活水準や文化水準などが異なるため、国内に住む人々の所得で算定します。したがって、その基準となる貧困線は国によって異なります。この貧困線に満たない世帯員の割合を相対的貧困率といいますが、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分の額を貧困線として設定し、貧困率を算定します。厚生労働省(2016)によると、日本の場合、2015年の貧困線が122万円、相対的貧困率は15.6%でした。また、13.9%という子どもの貧困率は17歳以下の子どもを対象に算定します。このような厚生労働省の国民生活基礎調査における相対的貧困率の算定方法は、OECDの作成基準に基づいており、日本の独自の算定方法というのは設けられていないのが現状です。

図2 相対的貧困率の算定方式

2

出典:厚生労働省 平成28年 国民生活基礎調査

 それではなぜ相対的貧困が問題視されるのでしょうか。国によって貧困線が異なるものの、この相対的貧困率が高いということは、その国において格差が大きいことを意味するからです。とくに、17歳以下の子どもの貧困は、教育格差を生み、それによって貧困の連鎖を引き起こすと指摘されています。例えば、大学等への進学率を比較してみると、全世帯の数値73.2%(2015年度時点、大学等51.8%、専修学校等21.4%)に比べ、生活保護世帯に属する子どもの進学率は32.9%(2015年度時点、大学等19.2%、専修学校等13.7%)、ひとり親家庭の子どもの進学率は41.6%(2011年度時点、大学等23.9%、専修学校等17.8%)であり、経済的に困難な環境にある子どもの進学率がはるかに低いことが分かります。

●政府や民間による子どもの貧困への対策

 このような子どもの貧困問題への対策として、2014年1月に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」(平成25年法律第64号)が施行されました。また、同法律第8条の規定に基づき、2014年8月29日に「子供の貧困対策に関する大綱」が閣議決定されました。同大綱では、子供の貧困に関する指標の改善に向けた当面の重点施策として、教育の支援、生活の支援、保護者に対する就労の支援、経済的支援を掲げています。とくに、学校を子どもの貧困対策のプラットフォームと位置づけ、学校教育による学力保障を強調するほか、学校を窓口とした福祉関連機関等の連携を図るとともに、経済的支援を通じて、学校から子どもを福祉的支援につなげ、総合的に対策を推進することが提唱されています。そこで、貧困家庭の子どもたち等を早期の段階で生活支援や福祉制度につなげる役割を担うスクールソーシャルワーカーの学校への配置が進められています。

 一方、各自治体や民間による活動も活発に行われています。その一つが全国的に拡大している「子どもの食堂」です。子どもの食堂は、地域住民や自治体が主体となって無料または低料金で子どもたちに食事を提供するコミュニティの場です。「こども食堂安心・安全向上委員会」によると、子ども食堂が全国2,286か所に急増しました(毎日新聞、2018年4月3日)。群馬県にも26か所あるそうです。

 このほかにも、例えば群馬県には「負の連鎖を断ち切る」というフレーズを掲げ、母子家庭や貧困家庭の子ども等を対象に学習支援や各種相談等を行う「おおた女性ネット」があります。代表は活動をはじめた理由について以下のように説明します。

 「学費を払うお金がなければ高等学校や大学等に通えません。「お金が力」だと感じる人は多いのではないでしょうか。お金がないとやりたいことができないことが多いんです。ですから貧困のお子さんたちは不公平を感じます。ひとり親のお子さんたちはなおさらです。不公平感は思い通りにいかないことを増やすので「怒り」につながりやすいんですね。…お子さんたちはたくさんの人たちから大切にされる(愛される)ことを実感すれば「自分を大切にするように相手を大切にする」ようになる!」

 それぞれ規模は小さいですが、ひとりの子どもでも助けたいという思いを抱いた民間の活動が全国的に散見されます。

 以上のように、政府や民間による対策が取り組まれていますが、貧困に起因するさまざまな課題があり、経済的支援はもちろんのこと、多側面からの支援も必要であることを見取ることができます。

●子どもの貧困の実態を把握する必要性

 さらに、「貧困」をどのように捉えればいいのかという、貧困の指標の開発も喫緊の課題です。現在用いられている「貧困」の算定方式では、貧困の実態が見えにくいため、支援を必要とする子どもたちが隠れてしまい、支援が届いていないという懸念の声も上がっています。

 現在日本では、先述した③生活保護世帯に属する子供の大学等進学率(32.9%)のほかに、⑧児童養護施設の子供の高等学校等卒業後の進学率(22.6%)、⑬ひとり親家庭の子供の高等学校等卒業後の進学率(41.6%)、⑮スクールソーシャルワーカーの配置人数(1,008人)、⑯⑰スクールカウンセラーを配置する学校の割合(小37.6%中82.4%)などの25指標を用いて子どもの貧困を調査しています。しかし、経済状況のみならず、教育や成育環境などの子どもたちを取り巻く状況を多面的に把握する必要があります。そのため、諸外国における子どもの貧困指標の状況を調べるほか、日本の子どもの貧困に関する先行研究の収集を行う動きもあります。この調査をまとめた「子供の貧困に関する新たな指標の開発に向けた調査研究」報告書では「学力に課題のある子どもの割合」「朝食欠食児童・生徒の割合」などの新たな指標を追加すべきだと提案しています。

 子どもたちは日々成長しています。制度が整備されるまで待ってくれません。そのためにも、指標の開発を通じて子どもの貧困の実態をより明確に把握し、適切な支援を行うことが至急に求められます。

●参考引用

・厚生労働省「平成28年 国民生活基礎調査」http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa16/index.html(2018/3/20)

・OECD(2017) Family Database “Child poverty” http://www.oecd.org/els/family/database.htm(2018/3/20)

・内閣府「子供の貧困対策に関する大綱」平成26年8月29日  http://www8.cao.go.jp/kodomonohinkon/pdf/taikou.pdf(2018/3/21)

・内閣府「子供の貧困対策に取り組む支援団体の活動事例に関する調査研究活動事例集」平成27年3月 http://www8.cao.go.jp/kodomonohinkon/chousa/h27_jirei/index.html(2018/3/21)

・内閣府「子供の貧困に関する新たな指標の開発に向けた調査研究 報告書」平成29年3月 http://www8.cao.go.jp/kodomonohinkon/chousa/h28_kaihatsu/index.html(2018/3/21)

・毎日新聞「子どもの食堂全国2286カ所に急増貧困対策、交流の場」2018年4月3日  https://mainichi.jp/articles/20180404/k00/00m/040/120000c(2018/5/10)

2018-01-17

強制わいせつ罪に「性的意図」不要 最高裁 47年ぶり判例変更 ― 上林 邦充 教授

 刑法176条は、強制わいせつ罪について、「13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする」と規定している。
 13歳未満の男女に対しては、「暴行又は脅迫を用いて」の文言がないので、暴行又は脅迫を用いなくても、あるいは、その同意のもとであっても、本罪は成立することになる。

 最高裁判所は、昨年(2017年)11月29日、強制わいせつ罪には「性的意図」が必要だとする自身の昭和45年(1970年)判決を47年振りに変更し、「性的意図」は必要でないという判断を下した。
 これは、わいせつな行為をしても性欲を満たす意図がない場合に、強制わいせつ罪に問えるかどうかが争われた刑事事件の上告審判決であり、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は、強制わいせつ罪は「性欲を満たす意図がなくても成立する」という初めての判断を示したものである。15人の裁判官全員一致の意見である。
 事案は、2015年、被告人が知人から借金をする条件として、13歳未満の少女(満7歳)に対し、自己の陰部を口にくわえさせるなどの行為をしたうえで、その様子をスマートフォンで撮影し知人に送信したというものである。強制わいせつ罪と児童買春・ポルノ禁止法違反罪に関する事案として審理され、最高裁は被告人男性(40歳)の上告を棄却し、その結果いずれも有罪となり、一、二審判決の懲役3年6月の刑が確定した。

 これまで、最高裁は昭和45年(1970年)、ある女性の手引きで内妻に逃げられたと信じた男性が、報復目的でその女性を脅迫し裸にして撮影したという事案で、「強制わいせつ罪の成立には、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図を要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であっても、これが専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつ罪は成立しないものというべきである」と判示していた。
 今回の事件で被告人側は、知人から金を借りる条件としてわいせつな画像を送るように要求されただけで「被告人に性的意図はなかった」とし、この判決を根拠に強制わいせつ罪について無罪を主張していたのであった。

 強制わいせつ罪のとらえ方についてはこれまで争いがあった。一つの例が挙げられる。医師が患者である女性の衣服を脱がせ、その裸体に手を触れたとする。客観的には同じ行為であっても、医師が治療目的で行ったときは触診行為でありそれは正当行為とみなされ、犯罪とはならないが、「わいせつ」目的で行ったときは違法行為、すなわち強制わいせつ行為に当たることになるのではないかという指摘である。このように客観的な外形的行為からだけでは違法か違法でないか判断できない場合があり、強制わいせつ罪においては行為者のわいせつ的な内心の傾向(「性的意図」)の表れた行為が犯罪となるとしてこれを「傾向犯」として扱う見解があり、昭和45年判決もこれに従うものであった(ただし小法廷判決で5名の内の3名の裁判官の意見であった)
 このほかにも、たとえば通貨偽造罪はすべての通貨偽造行為を処罰するのでなく、明文をもって「行使の目的」という内心の傾向をもって偽造した場合のみを処罰している(刑法148条1項、これを「目的犯」と呼んでいる)。通貨の見本や教材として通貨に似せたものを製造する行為は、取引の安全のための通貨に対する公共の信用を保護しようとする通貨偽造罪の法益を害するには至らないので、犯罪は成立しないのである。
 ところが、強制わいせつ罪は通貨偽造罪とは異なり個人法益に対する犯罪であり、被害者の「性的な自由」を保護しようとする犯罪であり、被害者の「性的羞恥心」を害する犯罪であるという理解が、今では一般となっている(昭和45年判決の2名の裁判官の意見でもあった)。この種の犯罪では、被害の実態を把握したうえで被害法益をいかに守るかが重要であり、行為者の性的意図の有無は大きな意味をもちえないと思われる。

 このように多方面から見直しを求められてきた中で、今回の判決は、性犯罪に対する社会の受け止め方の変化から「今日では、被害者の受けた性的な被害の有無やその内容、程度にこそ目を向けるべきで、47年前の社会情勢などを前提とした判例の解釈はもはや維持し難いというべきである」と指摘し、「性的意図を一律に同罪の成立要件とすることは相当でない」としたのである。以下が理由の概略である。

  • 法文上強制わいせつ罪の成立要件として性的意図といった故意以外の行為者の主観的事情を求める趣旨の文言の規定は存在しない。
  • 性的な被害に係る犯罪規定あるいはその解釈は、社会の受け止め方を踏まえなければ、その処罰対象を適切に決することができないという特質がある。
  • 1970年以降、性的な被害に係る犯罪規定の改正が各国の事情に応じて行われている。このことは、その時代の各国における性的被害の実態とそれに対する社会の意識の変化に対応していることを示している。
  • わが国でも、平成16年(2004年)の刑法改正で強制わいせつ罪や強姦罪の法定刑を引き上げ、平成29年(2017年)の刑法改正でも強制性交等罪を新設、法定刑を更に引き上げ、監護者わいせつ罪や監護者性交等罪を新設するなどしている。

 意思、意図、思想に対する処罰という、かつての歴史に現れた人類的な悲劇を繰り返さないためにも、処罰の範囲を客観的に限界づけようという努力が続けられている。このような流れの延長線上で出されるべくして出された判断であると評価されよう。

2017-11-30

「サザエさん」雑感 ― 照山 顕人 准教授

 アメリカ原発事業の巨額損失により、2017年3月期決算で負債が資産を上回り債務超過に陥るなど、危機的な財務状況となった東芝は、半導体子会社「東芝メモリ」を2018年3月までに売却し、債務超過を解消することを目指している…とニュースや新聞では大騒ぎだが、僕のような文学畑ばかりを歩いてきたような経済音痴には、それがどれくらい日本の社会に及ぼす影響が大きいのか、皆目見当がつかない。それよりも危機に直面して東芝が毎週日曜日の国民的アニメ番組「サザエさん」のスポンサーを下りるとか、はたまた「サザエさん」自体がテレビから姿を消すかもしれないといったうわさのほうに僕は非常に関心がある。

 「サザエさん」が世に出たのは1946年4月のことである。福岡の地方新聞『夕刊フクニチ』紙上で連載が始まった。作者長谷川町子(1920-92)が東京に引っ越ししてからは、連載が朝日新聞に移った。病気のため1974年2月21日をもって休載に入ったが、再開されることはなかった。話数は6477話に及ぶという。その間「サザエさん」は漫画以外にも舞台、映画、テレビドラマ(いわゆる実写版)でメディア化された。僕も小さいころ江利チエミがサザエさんを演じる実写版を見たような記憶がある。

 テレビアニメは、アポロ11号が史上初の月面着陸を果たした1969年の10月5日からフジテレビ系列で始まった。毎週日曜日18.30-19.00が基本枠であるのは48年間今も変わらない。東芝は放映当初から48年間にわたってスポンサーとなっている。最初は1社独占による提供だったが、1998年にはそれを止め現在では数社の提供となっている。世界で最も長く放映されているアニメ番組として、ギネス世界記録を保持しているそうだ。1979年9月16日の放映では最高視聴率39.4%を記録したらしい。「サザエさん」は今や国民的番組であり、安心して家族とともに見ることができる優良番組といえるのかもしれない。

 長寿番組で高視聴率を取る番組ではよくあるように、「サザエさん」から様々な流行語や都市伝説が生まれた。「サザエさんシンドローム」、「マスオさん状態」それから「サザエさん効果」などがよく話題になるところだろう。

 僕が小学生だった頃「サザエさん」はまだテレビでやってなかった。その時間帯はアメリカのアニメ「ポパイ」だった。「ポパイ」が終わる時間になると明日は月曜日で学校に行かなければならないと考え、暗澹たる絶望的な気分になったものだ。「サザエさんシンドローム」は「ポパイ」が「サザエさん」に変わっただけのことである。ウィキペディアによると、「サザエさん症候群[シンドローム]とは、日曜日の夕方から深夜、『翌日からまた通学仕事をしなければならない』という現実に直面して憂鬱になり、体調不良や倦怠感を訴える症状の俗称である」とある。今から考えれば、僕は時代を先取りしていたのかもしれない。今から50年以上も前のことである。

 「マスオさん状態」という言葉もよく耳にするし、また自身使ったこともある。ウィキペディアによれば「夫が、妻の実家に、婿入りという形をとらずに同居する家族形態。長谷川町子の国民的マンガ『サザエさん』の中で、フグタマスオ・サザエ夫婦が、サザエの両親・弟妹(磯野姓)と同居していることに由来」とある。妻側から見れば、子どもを気軽に預けて仕事ができたり、家事を手伝ってもらえたりとメリットが多いこともあるが、一度はマスオさん状態になったものの、夫と両親の関係がうまくいかずに別居し、最悪は離婚につながるパターンもあるようだ。妻にとっては理想的な家族形態かもしれない。我が家も「マスオさん状態」だった。

 「サザエさん効果」という言葉は、初耳だった。これは大和総研が2005年に発表したレポートで、日曜日に放映されている、アニメ版「サザエさん」の視聴率にはある法則があると報告された。「『サザエさん』の視聴率が上がると株価(東証株価指数)が下がり、『サザエさん』の視聴率が下がると東証株価指数が上がるという法則がある」という。その相関係数(絶対値)は0.86という高い数値を示しており、ニューヨーク株式市場の株価指数と東証株価指数の相関係数0.56に比べても、有意に高い値と言えるそうだ。景気が良い時は日曜日夕方に外出する機会が増え、この時間帯に放映される「サザエさん」を見なくなるからというのが仮説(ウィキペディアに拠る)らしい。畑違いの僕にはよくわからないが、「サザエさん」の視聴率が日本経済を左右しているようだ。

 「オープニングで流れる観光地には、膨大なマネーが動いている?」、「フネは波平の後妻?フネとサザエは血縁関係がない?」、「タラちゃんには妹がいる?その名もヒトデちゃん」、「本当はちょっと話せるイクラちゃん?」これらは「サザエさん」でささやかれる都市伝説である。ネットでちょっと調べれば、枚挙にいとまがない。番組が長寿で高人気を獲得している証左であろう。

 しかし「サザエさん」もこのところ陰りが生じているらしい。視聴率も1桁台の回もあるようだ。何も、不正経理をやったスポンサーの責任というわけでもないだろう。かつてテレビは一家の娯楽の殿堂として君臨し、家族団欒の中心にあった。日曜日の夕刻、テレビを囲む家族風景の中にあった「サザエさん」は、今やパソコン、スマホにとってかわられつつある。「サザエさん」の視聴率が落ちているのは、娯楽の多様化に伴った現象なのだろう。仕方がない。

 東芝は、11月22日「サザエさん」の番組スポンサーを2018年3月末に降板することを正式決定した。これを機に「サザエさん」自体を打ち切りにすべきという意見も出始めた。理由を一言でいえば、「現実世界との大きすぎる乖離」である。家族のあり方も働き方も、「サザエさん」で描かれているものはいかにも現実とずれている。「サザエさん」の舞台設定は、戦後から高度経済成長期の昭和日本である。昭和の家族像や働き方の押し付けと考える人もいるようだ。ある知識人は「もし番組を続けたとしても、娘には、『サザエさん』は見せない。彼女は21世紀を生きるのだから」という。意地になる必要もないと思うが、確かに「サザエさん」では自立した女性像は描かれていない。「サザエさんがパートに出たかと思えば、タラちゃんが寂しがっているという理由で、辞めるような、ステレオタイプな育児観を撒き散らす。『サザエさん』の放映はもはや、百害あって一利なし」と切って捨てる知識人もいる。この時代、アベ・シンゾウ氏に頑張ってもらって、待機児童がないように保育園をふやしてもらうより仕方がない。

 しかしこのような鑑賞の仕方も肩が凝る。僕は家族や働き方とはこうあるべし、ではなく、こういう家族もある、こういう働き方もあると考えればいいのではないかと思う。「サザエさん」はフィクションなのである。だからフィクションとして見ればいい。1960年代テレビではアニメ「おそ松くん」を放映していた、今リメイクされて「おそ松さん」となり、人気を博している。このまま「サザエさん」の放映を続けることにどうしても反対だという向きには、このようなリメイクも面白かろう。「サザエおばあちゃん」とかタイトルを変えて、今の世の中と昭和の世界とを対比させながら、物語を展開させていったら受けるのではないだろうか。

 来年4月からどこがスポンサーとなるのだろうか。いろいろとネットを調べてみると、東芝のスポンサー姿勢が評価されている。「介入しない」ということである。番組では洗濯機、冷蔵庫、電話などの家電が登場するが、どれをとっても昔のままである。東芝が新製品を出したからといって、登場する家電が変わるわけでもない。東芝はスポンサーとして影響を行使しなかった。スポンサーの姿勢としてはこれが第一だ。もしそういうことを考えない企業がスポンサーになったら大変なことだ。不動産会社がスポンサーになったら、花沢さんの出番が多くなったり、保険会社だったら、磯野一家が病気になったり、怪我をしそうだし、介護施設だったら、裏のおじいちゃんが急に高級な有料老人ホームにはいったりしそうだ。11月初旬に美容外科の「高須クリニック」が新スポンサーに名乗りを上げた。ネットでは「波平に髪の毛が生えそう」、「サザエが豊胸しそう」、「花沢さんが美容整形して、ついに磯野をゲット!?」などとネタ合戦になっている。

 すべては来年4月1日日曜日に判明する。

2017-10-05

オリンピックが原因で加速する?東京都の領土問題 ― 柴崎 直孝 講師

 東京オリンピックまであと3年。世界的スポーツの祭典は,スポーツだけではなく様々な分野に影響を与えます。今回紹介する問題もまた,東京オリンピックによって脚光を浴びることになりました。

 読売新聞9月29日夕刊によると,東京湾の人工島「中央防波堤埋立地(以下,中防)」の帰属問題で,東京都が調停案を内示し,問題解決へ前進したとありました。

 そもそも「中防の帰属問題」とは何なのか?

 「中央防波堤」とは,東京都台場の沖合にある防波堤のことです。1973年から防波堤付近が廃棄物処理場となったため埋立地となり,「中央防波堤埋立地」となりました(したがって,現在は防波堤と土地が一体化しています)。高度経済成長期を経て暮らしが豊かになると同時にゴミの量が爆発的に増加し,埋め立てのペースは急ピッチで進みました。そうした背景もあり,関係五区(江東,大田,品川,港,中央)において最終的な帰属先が決まらないまま埋め立てがスタートしてしまいました。これが40年以上経ってもいまだに解決されない「中防の帰属問題」の始まりです。なお現在,中防の場所は「東京都江東区青海3丁目地先・・」と暫定的に呼んでいます。「地先(その場所の近く)」なので江東区ではありません。もちろん大田区でもなく,住所がない状態です。

 2002年に品川,港,中央の三区は帰属の主張を取り下げ,現在は江東区と大田区が争っています。ちなみに,両区の主張は以下の通りです。

江東区:埋め立てのための運搬車が区内を通り,住民が悪臭,渋滞に悩まされてきた。

大田区:埋め立ての影響でノリ養殖の漁業権を放棄した。

 話し合いは平行線で,両区とも全島帰属を主張しているので解決の道が見えませんでした。ところが2017年になり両区は東京都に調停を申請しました。つまり,第三者の意見を仰ぎ,40年も解決しなかった問題を決着させようとしたのです。

 その理由が東京オリンピックにあります。中防の土地は馬術(海の森公園),ボート,カヌー(海の森水上競技場)の会場予定地だからです。周辺開発の期待が高まり,利権問題に発展したのです。話は逸れますが,東京都では過去に「東京港13号地埋立地」という埋立地でも帰属問題が発生しました(そのときは江東区75%,港区17%,品川区8%でまとまりました)。この13号埋立地が現在のお台場地区だということを考えると,中防地区においてもオリンピックまでには決着をつけたいことが伺えます。

 報道によると,専門家で構成された自治紛争処理委員は,両区が主張する「全島帰属」は根拠がないと判断し,両区の護岸から中防までの距離が等しくなる点を結んだ等距離線をベースに分割することにしました。その結果,江東区は86%,大田区は14%となりました。ちなみにオリンピック会場は全て江東区に含まれます。9月30日読売新聞朝刊によると,この調停案に対し,江東区は受諾の意思を示し,大田区は反発したそうです。調停が成立しない場合は,訴訟を提起することもできます。オリンピックまであと3年。どのような決着を迎えるのか気になるところです。

2017-09-25

総選挙で問われる18歳選挙権の真価 ― 並河 仁 教授


 臨時国会冒頭での解散・総選挙が取り沙汰されている。下馬評通りであれば10月22日に選挙の予定である。前回総選挙が2014年12月であり任期満了が来年12月となれば、そろそろいつ選挙があってもおかしくない時期ではあるが、唐突な解散に対する批判の声も大きく予断は許さない。
 政局がらみの話題に埋もれがちだが、仮に解散が行われた場合、10月の選挙は18歳選挙権導入後初の総選挙となる。18歳選挙権で注目された前回の選挙は参議院であるため、その結果がすぐに政権交代を招くことはない。対して今回は衆議院の選挙だから政権を選択する選挙になる。つまり、18歳・19歳が政権を選択する一票を投じる初の選挙になるということである。
 そこでまず、18歳選挙権初の全国的な国政選挙となった2016年の参議院選挙について簡単に振り返っておこう。数字は総務省の調査*にもとづく。
* http://www.soumu.go.jp/senkyo/24sansokuhou/

投票率の概要
 世代ごとに区分しない全体の投票率は54.70 %であり、前回選挙をやや上回ったが、戦後4番目の低い投票率に終わった。この選挙での18歳の投票率も51.28 %にとどまり、各地の選管・教育機関・マスコミ等が力を入れて取り組んだにもかかわらず、全体の投票率を下回る結果に終わった。また、前回の選挙では19歳も新たに選挙権を行使できるようになったが、19歳の投票率は42.30 %とさらに低い数字となっている。「18歳」選挙権と18歳にフォーカスがあたり、19歳はこぼれ落ちてしまったようにも見える。

1_5


 しかし、表 1 若年層投票率に示したように、20歳から24歳の投票率が30 %台前半にとどまっていることを考えれば、18歳・19歳の投票率は十分に高い数字であったとみることもできる。次の図 1 世代別投票率のように、年齢が下がるにつれ投票率も下がっているなか、18歳の投票率は40代前半に並び、19歳の投票率も30代前半に並んでいる。若年層の投票率を向上させる取り組みとしては、十分な成果があったと言えよう。

1_6

続きを読む »