山口県の国体問題から考える - 石坂 友司准教授
2010年から、山口県をめぐる国民体育大会(以下、国体)の参加資格と開催をめぐる問題が世間で注目を集めている。大学生にとっても1つの目標となっている国体とはどのような大会で、何が問題とされているのだろうか。
そもそも国体は、敗戦を経て焦土と化した日本において、娯楽を失った国民と青少年にスポーツの喜びを与え、国内にスポーツを普及させる目的で始められた。第1回大会は直接の戦禍を逃れた京都を主会場として1946年に開催された。1947年の第2回石川国体には非公式ながら天皇が出席し、全国を巡る、いわゆる文字通りの国民体育大会へと成長していった。国体が各都道府県を巡っていく中で、不足するスポーツ施設を建設するとともに、戦後民主主義の旗頭になっていたスポーツを国民に伝播していく役割が期待されていったのである。
開催都道府県は1987年の第42回沖縄国体で1巡し、翌1988年の京都国体から2巡目がスタートを切った。戦後復興と各地域へのスポーツ普及を掲げて始まった国体であったが、その歴史的役割は十分達成されたとして、2巡目以降の開催には廃止論も浮上した。
国体は都道府県対抗というかたちをとり、地方のスポーツ振興政策や競技・選手の強化策に多大な影響を与えている。しかしながら、スポーツ関係者にはなじみが深く、重要度が高い反面、開催地を除いて、それ以外の人びとにはあまり関心をもたれていない、というのは言い過ぎではないだろう。多様な競技の複合的祭典として認知されているオリンピックやFIFA・W杯、世界陸上といった競技ごとの世界大会に比べ華やかさがなく、なじみが薄いのも一因である。
国内最大・最高の総合スポーツ大会とうたわれる国体であるが、近年その存在意義が問われ始めている。グローバル化の進展によって、各競技種目は国際競技団体のカレンダーに応じた試合、ポイント制度に組み込まれ、トップ選手は国内の大会に出場する余裕・動機がなくなっている。それにともない、メディアの報道も必然的に少なくなり、国体は徐々に盛り上がりを欠いていくのである。
一方で、国体の報道が熱を帯びるのは参加資格にまつわるトラブルや開催県の優勝を巡る問題である。2010年の第65回千葉国体では、競技報道よりも、翌年の開催県である山口の選手による参加資格問題が新聞紙上を賑わせていた。山口県から出場した35名の選手が、現住所を山口に置きながらも、生活や勤務実態がないことが発覚し、該当選手の獲得得点を軽減されるという事態が発生した。その後設置された第三者委員会では、開催地が必ず優勝する、行きすぎた選手強化方策がこの問題を生んだとして、警鐘が鳴らされた。
歴史を辿れば、今回話題になった山口における1回目の国体は時代の転換となった大会であった。1963年に開催された第18回大会で、開催県の山口は2位に終わったが、翌1964年の第19回新潟国体から、2002年の第57回高知国体を除いたすべての開催県が総合優勝を果たし、天皇杯を獲得している。すなわち、開催県が天皇杯(男女総合優勝)を獲得する流れは、山口大会より後に形成されたものである。
どうしてこれほどまでに開催県が優勝を勝ち取ることができるのか、そこには開催県有利となる制度が存在する。国体は各ブロックの予選を勝ち抜いて初めて本大会出場がかなう。したがって、特にスポーツ強豪県が存在するブロックでは本戦出場自体が至難の業である。一方で、開催県は予選が免除されるため、強化次第ではすべての種目で得点することが可能となる仕組みだ。
また、開催県は競技施設の建設やインフラ整備に多額の資金を費やすため、その対価として天皇杯の獲得が至上命題になっているという側面も否定できない。必然的に、開催に向けて徐々に選手強化策をはかっていくことになる。例えば、山口県の場合、開催の5年前には41位だったものが、4年前には39位、3年前には35位、2年前に28位と順位を上げ、前年には13位と躍進している。そして開催時には見事優勝を勝ち取っている。こうした開催県の絶対優勝という流れは、開催県の絶え間ない努力の結果ではあるが、数年前より有力選手を他県から補強し(いわゆる「渡り鳥選手」の存在)、体育教員枠を過度に拡充して競技選手を獲得するといった方策などがとられてきた。このことは国体のメリット以上に、負の側面としてクローズアップされ、国体の像をつくり出していった。
2011年に実施された第66回山口国体は、35競技に24000人が参加し、熱戦が展開された。前年の競技資格問題で注目されたこの大会は、終了後も同様の視点で報道がなされ続けている。参加資格を取りざたされた県外出身選手30名のうち、半数近くが大会後活動拠点を県外・国外に移したことが明らかとされ、批判的論調で論じられている(『読売新聞』2011.11.11)。このように、もはや国体は関係者の期待をよそに、行きすぎとされる選手強化と開催県の結果のみに関心が行く大会になってしまっている。
以上のような負の側面に焦点が集まる国体だが、スポーツの振興という面では大きな役割を担っている。第1に、場合によっては何十年も前に建設された体育館や競技場でやりくりする多くの自治体にとって、資金のかかる競技施設の建設は大義が立ちづらい。地方行政がますます困窮する昨今にあってはなおさらである。その意味で、国体はそれら競技施設を一括して整えなおす機会を提供する。高度経済成長以降、華美で、必ずしも身の丈に合っていない競技施設の建設が国体による無駄使いを象徴し、批判された時代は確かに存在したし、現在でも「国体基準」と呼ばれる不要な施設建設の悪弊がないとは言えない。しかしながら、競技施設の建設は今後数十年にわたって、開催県における各競技の拠点として成立することは事実である。
第2に、各都道府県の国体に向けた取り組みは他県の順位を参考にしながら、スポーツ推進と選手強化の度合いを決定づける。特に国体開催に向けて、多くの競技で強化された競技種目は、それが地域密着というかたちをとり、継続的な活動として実を結ぶならば、地域スポーツ振興の主体として機能する。
他にも国体開催の経済波及効果(山口国体では595億円が生み出されたと言われる)や、ジュニアの強化を含めた国際的競技大会に向けた足場固めとして、国体を再定位することが期待されている。
しかしながら、以上のような国体を通じたスポーツ振興が、一部の競技者のためだけに終わっては十分ではない。国民体育大会(ネーミングは少し時代遅れの感が否めない)という名の下に実行される大会であるならば、実施されるスポーツがより多くの人びとに開かれていく必要があるだろう。そのことが、国体の価値を高め、人びとが注目する大会へ脱皮するきっかけとなるはずである。
また、華美で不要な施設建設という批判を生まないために、大会終了後の施設の後利用を含めた計画と反省・評価は欠かすことができない。この視点を欠いてきたばかりに、国体は無駄遣いの批判を免れることができていない。
これまで行われてきた国体改革は時代の対応に精一杯で、十分な効果をあげているとは必ずしも言えない。私たちの身近な大会として国体を位置づけることができたならば、スポーツと社会の関係性はますます密接なものになっていくだろう。国体の2巡目が終わりを迎えつつある今、もう一度国体の意義を議論していく必要があるだろう。そのことを山口国体は世に問うている。
参考文献:権学俊、2006、『国民体育大会の研究』青木書店。
